文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

浅田彰の正体(5)・・・吉本隆明の『 転向論』の哲学から、「浅田彰の正体」を読み解く。 浅田彰が『 構造と力』でデビューたのは1993年だった。その年、小林秀雄が死んでいる。私は、この年が、大きな転換点だったと思う。論壇や文壇を中心に、ジャーナリズムも含めて、いわゆる「ニューアカ」ブーム、「ポスト・モダン」ブームが起き、思想的には「転向の季節」を迎えるからである。その当時の青年、学生、労働者たちは、全共闘運動やあさま山荘事件、連合赤軍事件、三島由紀夫割腹事件・・・などを経て、あまりにも過激な動乱期を体験

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浅田彰の正体(5)・・・吉本隆明の『 転向論』の哲学から、「浅田彰の正体」を読み解く。

浅田彰が『 構造と力』でデビューたのは1983年だった。その年、小林秀雄が死んでいる。私は、この年が、大きな転換点だったと思う。論壇や文壇を中心に、ジャーナリズムも含めて、いわゆる「ニューアカ」ブーム、「ポスト・モダン」ブームが起き、思想的には「転向の季節」を迎えるからである。その当時の青年、学生、労働者たちは、全共闘運動やあさま山荘事件連合赤軍事件、三島由紀夫割腹事件・・・などを経て、あまりにも過激な動乱期を体験したが故に、行く先を見失って、疲労困憊し、右往左往していた。そこに、「ニューアカ」ブームと「ポスト・モダン」ブームが起きる。途方に暮れていた青年、学生、労働者たちが、その新しい思想に飛びつく。というより、彼等が、その新しい思想運動の担っていたのかもしれない。一斉に転向していくのである。私も 、その動乱の中にいたから 、良く分かる。出口を求めて殺到したのである。ただし、私は、その「転向」に違和感を持った。私は、当時、小林秀雄江藤淳吉本隆明三島由紀夫を読み、彼等からの影響を受けつつ、文章を書きはじめていたから、「ニューアカ」も「ポスト・モダン」も、受け入れることは出来なかった。つまり、私は、自ら進んで、新しい思想に、新しい時代に乗り遅れたのである。しかし、私は、乗り遅れたとは、まったく思っていなかった。私は、「ニューアカ」も「ポスト・モダン」も、思想的には薄っぺらなものであり、一過性のブームに過ぎないと思っていたからである。その頃の私を、思想的に支えていたものは、吉本隆明の『 転向論』の哲学であった。私は、普通の、凡庸な「吉本隆明ファン」と違ったところで、孤独に吉本隆明の『 転向論』や『 芥川龍之介の死 』という芥川龍之介論などを、江藤淳三島由紀夫などと並行して読んでいたから、全然、動揺しなかった。私は、大学では、「言語哲学」や「分析哲学」「科学哲学」等を、少し、かじっていたから、フランス流の現代思想の受け売りに過ぎない浅田彰的な「ニューアカ」ブームも「ポスト・モダン」ブームも、理解できないわけではなかった。いずれにしろ、私は、吉本隆明の『転向論 』は、今も有効だと思う。「大衆の原像」という思想の原点、存在論、土着性・・・を見失った思想家は、新しい思想が登場したり、弾圧を受けたりすると、すぐ転向するというのが、私の理解した吉本隆明の『転向論 』だ。吉本隆明は、時代の流れや弾圧などものともせず、要するに「大衆の原像」などとは無関係に、永遠の「非転向」を貫くのもまた、転向の一種と捉えている。浅田彰は、吉本隆明の言う「永遠の非転向者」の一人であろう。浅田彰の思想には、存在論的裏付けがない。浅田彰の思想は、頭でっかちで、薄っぺらである。それ故に、浅田彰は、「作品」が書けない。「作品」がない。フランス現代思想を読みたければ 、浅田彰的な解説書や入門書ではなく、原書や翻訳書を取り寄せて読めばいい。吉本隆明は、芥川龍之介について、芥川龍之介の悲劇(自殺)は、「下町の下層階級」という出身地(存在論的原点)に向き合わず、それを隠し 、そこから逃亡し続け、頭でっかちな、知的、観念的創作を繰り返したところにあった、というようなことを言っている。ほぼ同じことを、江藤淳も、『昭和の文人 』で、堀辰雄について言っている。要するに、浅田彰には、私が言うところの「存在論」がないということである。

(続く)

浅田彰の正体(4) 浅田彰は、昭和天皇崩御に際して、皇居前に集まった日本国民を、「土人」と吐き捨てた。「土人」の一人として、言わせてもらうと、「浅田彰よ、それでは、お前は何者なんだ?」ということになる。多分 、浅田彰の頭の中には、「自分は『 土人』ではない。日本人と言うより、『非土人系日本人 』『高級日本人 』『 世界市民』である」というイメージが浮かんでいるのかもしれない。別に、浅田彰が、国立大学教員として「准公務員生活」を送りながら、どんな妄想に耽っていようと構わないが、その妄想を公言(公開)してい

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浅田彰の正体(4)・・・ニセモノとしての「浅田彰」を論ず。

浅田彰は、昭和天皇崩御に際して、皇居前に集まった日本国民を、「土人」と吐き捨てた。「土人」の一人として、言わせてもらうと、「浅田彰よ、それでは、お前は何者なんだ?」ということになる。多分 、浅田彰の頭の中には、「自分は『 土人』ではない。日本人と言うより、『非土人系日本人 』『高級日本人 』『 世界市民』である」というイメージが浮かんでいるのかもしれない。別に、浅田彰が、国立大学教員として「准公務員生活」を送りながら、どんな妄想に耽っていようと構わないが、その妄想を公言(公開)している限り、それなりの反発や反撃、批判が待ち構えていることは覚悟しているだろう。ところで、「浅田彰批判」は、これまで、あまりなされてこなかった。浅田彰の「盟友」(?)であり、「保護者」(?)である蓮實重彦柄谷行人への批判は、少なくないが、浅田彰に対する批判は少ない。蓮實重彦柄谷行人は多くの著作を残している。しかし、浅田彰には、デビュー作『 構造と力』を除いて、まともな著作があまりない。名前だけが先行し実体はない。著作と言っても、対談集や雑文集が、ほとんどである。私は、それは、浅田彰という文化人が「ニセモノ」である証拠だと思う。つまり、浅田彰は、批判に値しない三流思想家であるが故に、これまで、まともな批判がなされてこなかったのだ。たとえば、日本国民を「土人」と呼んだ記録が明確に残っているにも関わらず、「土人」という言葉は、北一輝の『国体論及び純正社会主義』の中の言葉であり、それを引用しただけだと言い訳している。しかも、「文学界」編集部が、その部分を、編集の段階で、削除したのだと、見苦しい言い訳をしている。浅田彰は、「土人発言」の責任を、北一輝や「文学界」編集部に、「責任転嫁」しているのだ。これは、浅田彰という人間の本質を、あるいは浅田彰の思想の本質を現している。私が、浅田彰を、「ニセモノ」と呼ぶのはそういうことである。ニセモノなど、批判しても、しようがないだろう、という訳だ。しかし、そこに落とし穴がある。ニセモノとはいえ、批判に値しないとはいえ、私は、徹底的に批判する。「浅田彰」と「浅田彰的なもの」こそ、現代日本の根本的な病巣であり病根だからだ。「浅田彰二世」や「浅田彰三世」「・・・」が、「思想家ズラ」「学者ズラ」をして、我が物顔で横行しているのが現代日本の「論壇風景」である。「ニセモノ大国・日本」、それが、現在の日本である。日本が、世界の三流国に転落する所以である。ところで、浅田彰を批判した人がいなかったわけではない。ちなみに、浅田彰を、デビュー早々に、徹底的に批判したのは吉本隆明江藤淳である。まず、吉本隆明江藤淳を振り返りながら、浅田彰の「嘘」と「欺瞞」を、徹底的に追求していきたい。(続く)

浅田彰の正体(3) 浅田彰は、「反天皇」「天皇制廃止で共和制に」「元号を廃止し、西暦にせよ」「それが合理的だ」と主張している。昭和天皇崩御に際して 、皇居前に集まった日本国民を「土人」と呼び捨てた「土人発言」を含めて、逃げ隠れ、言い逃れ・・・は、許されない。土人発言は、北一輝の『国体論及び純正社会主義 』からの引用だったと「嘘」を並べて逃げようとしているが・・・。最近、話題の「トリエンナーレ事件」と浅田彰は、無関係なのか。以下の、この津田大介と浅田彰のツーショット写真は、何を意味するのか? 私は、浅田彰が

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浅田彰の正体(3)
浅田彰は、「反天皇」「天皇制廃止で共和制に」「元号を廃止し、西暦にせよ」「それが合理的だ」と主張している。昭和天皇崩御に際して 、皇居前に集まった日本国民を「土人」と呼び捨てた「土人発言」を含めて、逃げ隠れ、言い逃れ・・・は、許されない。1989年1月7日、昭和天皇崩御の際、浅田彰は、柄谷行人との対談で、次のように言っている。
〓〓〓〓以下引用〓〓〓〓
『連日ニュースで皇居前で土下座する連中を見せられて、自分はなんという「土人」の国にいるんだろうと思ってゾッとするばかりです』(「文学界」1989年2月号)
〓〓〓〓引用終了〓〓〓〓

この「土人発言」は、北一輝の『国体論及び純正社会主義 』からの引用だったと「嘘」を並べて逃げようとしているが・・・。戦前の北一輝の『国体論及び純正社会主義』での「土人発言」のニュアンスと、戦後の浅田彰の「土人発言」のニュアンスは、同じではない。戦後、「土人」などと軽々しく発言する人はいない。戦前では「土人」という表現は、普通に使われていた。たとえば 、作家の中島敦も、妻への手紙で「土人」と書いている。(『中島敦全集2』ちくま文庫 1993.03)何故、中島敦の手紙ではなく、北一輝の『国体論及び純正社会主義』なのか。
さて、最近、話題の「トリエンナーレ事件」と浅田彰は、無関係なのか。以下の、この津田大介浅田彰のツーショット写真は、何を意味するのか? 私は、浅田彰が「反天皇主義者」だとか「元号廃止論者」だからと言って批判しているのではない。どんな思想を持とうと自由である。ただ私は「口から出任せ」の嘘と詭弁で逃げようとしている浅田彰を批判しているのだ。1980年代から90年代にかけて、一斉を風靡した「浅田彰的ポスト・モダン」とは、嘘と詭弁と自己欺瞞だった。浅田彰個人の責任ではないだろうが、明らかに「浅田彰的なもの」の蔓延が、日本の文学や思想、哲学の停滞や貧困、地盤沈下だけではなく、政治や経済の停滞と貧困と地盤沈下の原因でもあった。今後も、浅田彰が1983年、デビュー以来、撒き散らしてきた「ポスト・モダン」思潮の堕落とともに、浅田彰の思想的欺瞞と犯罪を徹底的に追求していきたい。
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