山崎行太郎(哲学者、文芸評論家)-Blog『毒蛇山荘日記』

山崎行太郎へのメール→dokuhebi31517@yahoo.co.jp

(続31)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。「杉田水脈論文」を何回も精読・熟読したが、私には違和感はない。「 生産性 」という言葉にも違和感はない。国民総動員的バッシングをしなければならないとは思わない。何故 、朝日新聞は、杉田論文が発表されるや、数日後には、つまり六日後には、「杉田論文批判」のキャンペーンを開始し、それをしつこく繰り返し報道したのか。明らかに、朝日新聞は、意図的に「杉田論文批判」の文意を政治的に歪曲?

============= ====
(続31)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。「杉田水脈論文」を何回も精読・熟読したが、私には違和感はない。「 生産性 」という言葉にも違和感はない。国民総動員的バッシングをしなければならないとは思わない。
============= ====

何故 、朝日新聞は、杉田論文が発表されるや、数日後には、つまり六日後には、「杉田論文批判」のキャンペーンを開始し、それをしつこく繰り返し報道したのか。明らかに、朝日新聞は、意図的に「杉田論文批判」の文意と論理を誤読=捏造し、杉田論文批判の「国民総動員的バッシング事件」というスキャンダル事件へと国民を誘導するという情報操作を画策、捏造、拡散したのである。原因があったから、バッシング事件という結果が起きたのではない。バッシング事件という目的のために原因は捏造されたのである。杉田論文が掲載された「新潮45」が発売されたのは7/18、それから6日後の7/24の朝日新聞は、「 子供を作らない同性カップル『 生産性ない』 自民・杉田議員、寄稿 LGBT当事者ら批判」という記事を掲載。翌11/25の社説でも、「 LGBT 自民の認識が問われる」という記事を掲載。本文では、「 性的少数者をあからさまに 差別し、多様な性のあり方を認めていこうという社会の流れに逆行する。見過ごせない見解だ」「 歴史的に少数者を排除してきた優生思想の差別的考えとどこが違うのか」と書いている。杉田論文を読んでいない一般読者を、杉田バッシング事件へと誘導しようと情報操作したのである。その後の展開が示しているように、多くの一般読者は、朝日新聞の捏造記事を鵜呑みにし、狂ったように杉田バッシングへと走り出したのである。これは、明らかに、悪意ある誤読と捏造に満ち満ちた朝日新聞の記事の影響である。言うまでもなく、杉田論文をよく読むと、印象は全然違う。杉田水脈は、その論文で、性的少数者を差別していないし、また優生思想なるものを主張してもいない。明らかに意図的な誤読であり捏造である。その朝日新聞が制作し、捏造したバッシング記事に乗せられ、杉田論文を読みもせずに、付和雷同したのが高橋源一郎矢野優「新潮」編集長、内田樹星野智幸・・・等のようなエセ作家、エセ文化人たちであり、エセ左翼市民運動家たちである。高橋源一郎に至っては、「新潮社」の「新潮」編集部の注文通りに、杉田水脈小川榮太郎を批判=罵倒して見せたのである。朝日新聞に、杉田論文批判の明確な実証的、論理的根拠があったわけではない。「 杉田水脈を潰せ 」という杉田水脈批判の「観念論」が、先にあったのである。朝日新聞が、安倍首相の「お友達 」である杉田水脈小川榮太郎を、批判 、攻撃することは悪くない。安倍首相の「 お友達」である安倍応援団の保守派文化人や政治家等を、批判し、攻撃し、潰すことによって、安倍政権の崩壊を目指すことも悪くない。私も、『 保守論壇亡国論』や『ネット右翼亡国論』、そして『 エセ保守が日本を滅ぼす』などで、そうしようと努力してきた。しかし、問題はやり方である。批判や攻撃の方法である。大新聞である朝日新聞が、国民総動員的バッシング記事を捏造=乱造し、実証的根拠も論理的根拠もなしに、スケープゴート作りに励むとは、それが、手っ取り早い効果的な方法だったとしても、決して褒められたことではない。保守や右翼にも思想があり、論理があるのだ。
( 続く)

■■■■■■■■■■■■■■■■■■
=======メルマガ======
私が、ここに( ⬆ )書く記事は、たえず加筆修正を繰り返しているため、最終稿ではありません。最終稿は、『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!『メルマガ=毒蛇山荘日記』」(月500円)でお読みください。登録はコチラから⬇⬇⬇
http://www.mag2.com/m/0001151310.html
============= ====
■■■■■■■■■■■■■■■■■■

(続30)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。今回の騒動の原点は、『朝日新聞』が、杉田水脈論文をターゲットにして、猛批判キャンペーンを繰り広げたところにある( らしい? )。それに付和雷同したのが立憲民主党の尾辻かな子議員等であり、尾辻議員の周辺にいて、「 ポリティカル・コレクトネス」(笑)を、馬鹿の一つ覚えのように 、振り回すしか能のないエセ左翼市民運のグループと、高橋源一郎等、ボーフラ文化人たちだったと見ていい。( 続く)

============= ====
(続30)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。今回の騒動の原点は、『朝日新聞』が、杉田水脈論文をターゲットにして、猛批判キャンペーンを繰り広げたところにある( らしい? )。それに付和雷同したのが立憲民主党尾辻かな子議員等であり、尾辻議員の周辺にいて、「 ポリティカル・コレクトネス」(笑)を、馬鹿の一つ覚えのように 、振り回すしか能のないエセ左翼市民運のグループと、高橋源一郎等、ボーフラ文化人たちだったと見ていい。
============= ====

杉田水脈論文も小川榮太郎論文も、火元の一つかもしれないが、今回の騒動の直接的火元ではない と私は考える。直接的火元は、『朝日新聞』と『新潮』と『 立憲民主党』とボーフラ文化人である。そして「マスゴミ」と呼ばてる大メディアのパシリ役を演じさせられている高橋源一郎平野啓一郎内田樹あたりであろう。だから、どーだと言うのだと言いたい人もいるかもしれないが、少なくとも、私は、私の独断と偏見に基づいて、そう考える。おそらく「新潮45」は、「新潮45」掲載された杉田水脈論文に対する『朝日新聞』の批判キャンペーンを逆手に取り、うまく利用しようとして『朝日新聞』の仕掛けた罠に嵌ってしまったというのが実情ではないか? 『朝日新聞』と立憲民主党の主導する エセ左翼市民運動のデモに、安直に土下座してしまったというわけだ。だからと言って、「新潮45」編集長や「新潮」編集長、「新潮社」社長等の出版ジャーナリズムとしてのメディア責任が軽減されるわけけでないのは言うまでもない。いずれにしろ、『朝日新聞』が、杉田水脈バッシングを仕掛け、誘導して、尾辻かな子議員等を仲間に引き込み、SNSなどで騒動化し、結果的に「『新潮45』廃刊事件」というような言論弾圧事件にまで問題を深刻化させたことは間違いない。『朝日新聞』が、その後、沈黙する理由がそこにある。二週遅れ、三周後れのメディアあたりでは、「 LGBT問題」が、今回の騒動の根本テーマだと勘違いして、「LGBTとはなにか 」「 同性婚とはなにか」「 性的嗜好性的指向の差異とはなにか」などと騒いで、次々と珍説を披露しているが、私見によれば、「 LGBT問題 」は二義的、副次的問題に過ぎない。騒ぎたい人は騒げばいいし、興味のある人は、さらに深く論じればいい。私は、さほど興味がない。私は、もう一つ別の、現代日本の思想問題こそが本質的だろうと考える。「 LGBT騒動 」を契機に、現代日本の思想問題が露呈してきたのだ。何故、『朝日新聞』も『新潮』も、論争から逃げ、沈黙するのか。何故、論争ではなく、バッシングなのか。これこそが、深刻な現代日本のメディアの病巣であり、現代日本の根源的な思想問題だろう。『朝日新聞』よ、『新潮』よ、そして高橋源一郎よ、今こそ杉田論文批判と小川論文批判を再開せよ!
( 続く)

■■■■■■■■■■■■■■■■■■
=======メルマガ======
私が、ここに( ⬆ )書く記事は、たえず加筆修正を繰り返しているため、最終稿ではありません。最終稿は、『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!『メルマガ=毒蛇山荘日記』」(月500円)でお読みください。登録はコチラから⬇⬇⬇
http://www.mag2.com/m/0001151310.html
============= ====
■■■■■■■■■■■■■■■■■■

(続29)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。「新潮」12月号が、「『新潮45』廃刊事件」に関して、先月号の高橋源一郎の「小川榮太郎批判」に続いて特集記事を掲載しているということで 、早速、日大芸術学部の図書館で読んだ。期待していなかったが、予想通りと言うより、予想通り以上にくだらないものだった。 ( 続く)

ーーーーーーーーーーーーーーーー
(続29)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。「新潮」12月号が、「『新潮45』廃刊事件」に関して、先月号の高橋源一郎の「小川榮太郎批判」に続いて特集記事を掲載しているということで 、早速、日大芸術学部の図書館で読んだ。期待していなかったが、予想通りと言うより、予想通り以上にくだらないものだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー

「新潮社」社長のコメントや、「新潮」編集長の矢野優の編集後記の記事は、必要以上に、問題の本質に踏み込んだものだったが、そあまりの反響の大きさにビビったのだろうか、徹底して逃げ腰の特集記事だった。「ひとまず、特集記事を掲載しました。これで終わりです。」と言っているようなものだ。特集記事に参加した5、6名の作家や評論家や思想家等も、問題の大きさに対して極めて軽量クラスの人物ばかり。発言内容も、どーでもいいような話ばかり。せめて、曽野綾子ぐらい出せよ
と言いたい。私は嫌いだが、この問題に関して「 正論 」を言っている曽野綾子桜井よしこ ぐらい出してもらいたい。そして侃侃諤諤。しかし、特集記事は小学生の読書感想文以下のレベル。だから、批判もコメントもする気にならない。「あー、そうですか、よーござん
したね」という程度の特集記事だ。そもそも問題の中心人物、矢野優編集長や高橋源一郎等が、一言も、発言していないことから、「新潮」編集部に、「やる気」がないことはミエミエ。矢野優編集長は、小川榮太郎からの対談申し込みも断ったようだ。なら、最初から偉そうなことを言うなよ、って。先月号の編集後記における、矢野優編集長の強気の発言は何だったのか。今でも、私は、この「編集後記事件」で、矢野優編集長の首がとぶだろうと予想しているが、何事もなく、このまま静かにおわりたいというようなユルい空気感が漂ってくる。最初に署名活動までして、「『新潮45』廃刊事件」にまで発展させた「女子社員」たちは、どこへ消えたのか。堂々と反論し、論争の矢面に立てよ。何をビビっているのか。しかし、一度、「地雷」を踏んでしまった以上、そう易々と逃げるわけにはいかないだろう。『 月刊HANADA』はやる気満々。場外乱闘も辞さない構え。『新潮』の特集記事と『 月刊HANADA』の特集記事とは雲泥の差である。『 月刊HANADA』には 新潮社の現役社員と思しき人物による「新潮社」内部の個人情報もどきの内部告発的記事もあり、「新潮」12月号の特集記事の「 無風状態 」とは異なり、「新潮社」内部の事態の深刻さは計り知れないものと思われる。たとえば、「新潮45」の編集体制は 、全員男性で、しかも、編集長を除き、ほぼ全員がベテラン社員だったようだ。私は、「新潮45」編集部は、杉田水脈論文や小川榮太郎論文をそのまま掲載したのは、「 不注意 」とか「 判断ミス 」・・・とかいうものではなく、確実に「 確信犯」だったと思う。もちろん、私は、杉田論文も、小川論文も、何ら問題ないものだったと思う。もちろん、異論や反論は、あるだろう。言葉の細かい意味や解釈に関する相違はあるだろう。しかし、問答無用のバッシングの対象になるものとは思はない。杉田論文に至っては、杉田水脈の話した内容を編集部員( ゴーストライター )が、文章化したというではないか。文章に初歩的な不備がありあるとは思えない。おそらく、肝心の問題は、今、騒いでいるような、いわゆるLGBTや文章表現の問題(生産性、性的嗜好性的指向、痴漢?0 )にはない。これは私の臆断だが、問題の火付け役である『朝日新聞 』や『 新潮社 』が、反論が出始めると、急に無口になったのは、その肝心な問題を隠蔽するためだろう。何故、『朝日新聞』や『新潮社』は、日本を代表する大新聞 、大出版社であるにも拘わらず、議論や論争から逃げるのか。しかし、何回も言うが、そんなことは、無理だろう。いかに議論や論争から逃げ、かたくなに沈黙を続けようと、問題は噴出している。私が、最初から言っているように、「『新潮45』廃刊事件」の闇は深い。しかも、今 、まさに 闇は切り開かれようとしている。
現代日本の文学や思想、学問の「衰退 」と「 貧困 」に通底する根の深い問題が 、そこには潜んでいる。
( 続く)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
=======メルマガ======
私が、ここに( ⬆ )書く記事は、たえず加筆修正を繰り返しているため、最終稿ではありません。最終稿は、『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!『メルマガ=毒蛇山荘日記』」(月500円)でお読みください。登録はコチラから⬇⬇⬇
http://www.mag2.com/m/0001151310.html
============= ====
■■■■■■■■■■■■■■■■■■