最近、政治も政治家も政治哲学の世界も 、凡庸で、予定調和的な言説ばかりがあふれ、全くつまらないので、文学はどーなっているのか、と文壇や文学に興味を持つようになった。

その時、「三田文学」編集長更迭事件や渡部直己セクハラ事件、そして北条裕子盗作疑惑事件が起こり、ますます興味を持つようになった。ぉぉー、何かが起こりそう?というわけだ。

しかし、何も起こらない。特に、北条裕子盗作事件である。芥川賞はダメだったようだが、島田紳助先生の話、いや、芥川賞選考委員=島田雅彦先生の講評によると、何やら、歯にものが挟まったかのような、曖昧な決着で誤魔化そうという雰囲気。

盗作なのか、盗作でないのか?傑作なのか、駄作なのか?ハッキリしろよ、と思ったが。曖昧模糊。誰も責任を取る覚悟がないらしい。

ダメだ、コリやー。と思っていたら、送って来た『 文学界』を読んでいると、巻末の匿名コラム『鳥の眼、虫の眼』で、北条裕子盗作問題に、真正面から切り込んでいる。面白い。バッシング覚悟で書いている。すべてよし。

島田雅彦先生にこの覚悟があったらなー、と思った今日この頃であった。

翁長知事逝去の報に接して、思うこと。( 続く)

まだ67歳だったんですね。大変な心労が重なったのでしょうが、私は、よくやったと思う。

昨年、琉球新報の招待で、沖縄、那覇で、『沖縄 独立論のすすめ』という講演会をやったが、私の意図は、翁長知事、及び沖縄県民に、『沖縄独立論 』の気概を持て、というものだった。

その日、太田元知事が亡くなった。講演会の翌日は、太田氏の葬式だった ことを思い出す。私は、その日、永井漠氏( 元琉球大学教授 )の車で、辺野古を見学したが、永井氏は、そのまま、太田氏の葬儀会場へ向かった。

私は、遠慮して、那覇へ帰り、那覇の街を1人で飲み歩いた。翌日は、琉球新報編集長の普久原さんの招待で、呑んだ。

私の父は、沖縄の南大東島で、沖縄戦に参加し、命からがら、生き延びて、帰還した敗残兵である。私は、沖縄問題に浅からぬ興味を持つている。だから、沖縄県民を蔑視、愚弄する言論を繰り返していた曽野綾子小林よしのりと、『 沖縄集団自決論争』を、闘ったのである。

二三年前、豊島公会堂で行われた『 翁長知事とともに闘おう』という共同講演会にも、私は出席し、登壇した。翁長知事も出席予定だったが、急遽、用事が出来、欠席で、翁長知事会えるチャンスを逃した。

私は、本土左翼が嫌いである。言うまでもなく、被害者史観に凝り固まった思考しか出来ないヒロシマナガサキが嫌いである。ヒロシマナガサキと、オキナワを一緒にする左翼的思考が嫌いだ。本土左翼が、一斉に、翁長知事追悼文を発表しているが、私には違和感がある。

私は、翁長知事にも沖縄県民にも、本土左翼の『 可哀想に』『 気の毒に』というような、沖縄や沖縄県民を被害者に仕立てて、上から目線で語り掛ける被害者史観に騙されるな、と言いたかった。

沖縄よ、沖縄県民よ、日本政府などに期待するな! 日本から独立せよ。日本を、あるいは本土左翼をも見捨てて、沖縄独立を思考=志向せよ、と。そうすれば、尖閣諸島も、南シナ海の海も、日本のものではなくなる。まさしく、日本沈没となるだろう、と。

私は、翁長知事は、それが出来る政治家だと思っていた。既に太田元知事は、『沖縄独立論 』に関心を寄せていた。安倍政権とは、沖縄独立論で、対決せよ、と。

稲村公望氏の新刊『 続 黒潮文明論』を読む。( 続く)

三週間近くの鹿児島薩摩半島=毒蛇山荘での山暮らしを経て、一昨日、こちらに戻りました。往復は、飛行機でしたが、これまで飛行機での往復には抵抗がありましたが、意外にも快適、安全、安心でした。料金も新幹線に比べて格段に安いです。


帰宅すると、稲村公望さんから、名著『 黒潮文明論』の続編、『続黒潮文明論 』がとどいていました。畏友=稲村公望氏の渾身の力作です。タブノキをめぐる旅の記録から郵政民営化告発論まで、読みどころ満載です。


本書の基本的テーマは、タイトルが示すように、『黒潮 』です。日本列島を、列島誕生以来、つまり日本列島の歴史が始まって以来、黒潮が襲い、黒潮という海流が、日本を包む混んでいるという前提から出発する。だから日本の文化の基層には、黒潮が運んできた黒潮文明があると。


たとえば、その象徴がタブノキであると、稲村氏は考える。黒潮の流に乗って日本列島の各地にたどり着いた我が日本民族の先祖たちは、その入植の記念に、海を見下ろす高台に、タブノキを植えたのだ、と。


実は私は、南九州、薩摩半島に生まれ、育ったにもかかわらず、稲村氏が言うところのタブノキを、具体的に知らない。クスノキがの事かと思ったが、タブノキは、似ているが、クスノキのことでもないらしい。タブノキ?


しかし、本書を読んでいると、『府馬の大楠 というタブノキ』( p125)という表現もあるところを見ると,『 大楠』とは、タブノキであるらしい。


稲村氏によると、『大楠 』とか、あるいは『 楠』とか『 樟』とかいう木や言葉や地名は、厳密に言うと、タブノキのことらしい。


私の通った南九州市の大丸小学校の校庭にも、大楠( クスノキ )がそびえているが、このクスノキも、ひょっとしたら、厳密に言うと、タブノキなのかも知れない。鹿児島県の県木もクスノキだったような気がするが。


稲村氏は、今、講演旅行で。スリランカに滞在中のようだから、帰国後に、タブノキクスノキについて、改めて、聴いてみたいと思う。


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