文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『 南洲伝 』覚書(43)ー朱子学と陽明学。 江藤淳は、『 近代以前』で、儒学者(朱子学者)の林羅山が、徳川家康の政治顧問になることによって、徳川幕府の支配秩序や文化的秩序を形成したと、肯定的に書いている。

・・・・・・ 『 南洲伝 』覚書(43)ー朱子学と陽明学。 江藤淳は、『 近代以前』で、儒学者(朱子学者)の林羅山が、徳川家康の政治顧問になることによって、徳川幕府の支配秩序や文化的秩序を形成したと、肯定的に書いている。しかも、権力志向の「上昇志向…

『 南洲伝 』覚書(42)ー朱子学と陽明学(2) 江藤淳に『南洲残影 』と並んで『 近代以前』(文春学芸ライブラリー)という書物がある。江戸時代の朱子学や・・・。

・・・・・・ 『 南洲伝 』覚書(42)ー朱子学と陽明学(2)江藤淳に『南洲残影 』と並んで『 近代以前』(文春学芸ライブラリー)という書物がある。江戸時代の朱子学の歴史を追ったものだが、そこで 、先ず登場するのが仏教から儒教へ転向した最初の本格的な…

『 南洲伝 』覚書(41)ー朱子学と陽明学(1) 都内某所の勉強会で、「西南戦争はまだ終わっていない」というテーマで、ちょっと、話をすることになった。そこで、考えたテーマが、「朱子学と陽明学」だったというわけである。

・・・・・・・ 『 南洲伝 』覚書(41)ー朱子学と陽明学(1) 都内某所の勉強会で、「西南戦争はまだ終わっていない」というテーマで、ちょっと、話をすることになった。そこで、考えたテーマが、「朱子学と陽明学」だったというわけである。私が、今、一番…

小林秀雄とマルクス(2) 小林秀雄は、マルクス主義者を批判したが、

・・・・・・ 林秀雄とマルクス(2) 小林秀雄は、マルクス主義者を批判したが、何処を、どう批判したのか。小林秀雄は、マルクスもマルクス主義も批判していない。マルクス主義者を批判しただけである。 《 然し、諸君の脳中に於いてマルクス観念学なるものは…

『小林秀雄とマルクス』(1) ◼小林秀雄が、初期作品において、マルクスやマルクス主義について多くのページを使って、執拗に論じていることは、やはり驚くべきことだと言っていい。

・・・・・・ 『小林秀雄とマルクス』(1) 小林秀雄が、初期作品において、マルクスやマルクス主義について多くのページを使って、執拗に論じていることは、やはり驚くべきことだと言っていい。特に小林秀雄のデビュー作『 様々なる意匠』における議論の大部…

『南洲伝』覚書(40)ー大久保利通暗殺事件。 ■石川県士族と、西郷南洲や桐野利秋など、鹿児島の「私学校」との関係は深い。この頃、全国各地から、西郷南洲や桐野利秋を訪ねてくる人が絶えなかった。西郷南洲の『西郷南洲翁遺訓』が、鹿児島を訪れた庄内藩( 山形県)の有志たちによって編集されたが、桐野利秋の談話録『桐陰仙譚』も編集されており、それを編集したのは石川県(金沢 )の有志たちだった。石川県士族石川九郎と中村俊次郎の二人は、明治七年五月から七月頃、桐野利秋を訪ねて、征韓論や台湾問題などについて、歓談している

『南洲伝』覚書(40)ー大久保利通暗殺事件。 ■石川県士族と、西郷南洲や桐野利秋など、鹿児島の「私学校」との関係は深い。この頃、全国各地から、西郷南洲や桐野利秋を訪ねてくる人が絶えなかった。西郷南洲の『西郷南洲翁遺訓』が、鹿児島を訪れた庄内藩( …

『南洲伝』覚書( 39 )ー大久保利通暗殺事件。 ■大久保利通暗殺の実行犯グループ六名のう五名が、石川県士族だった。しかも彼等は、薩摩藩の西郷南洲や桐野利秋等と、思想的にも人間関係においても、深く結びついていた。そこで、もう少し 、この問題を探ってみたい。「斬奸状」を書いた「陸義猶( くが・よしなお)」がキーマンになっていた。 ■陸義猶は、合計三回も鹿児島を訪れ、特に桐野利秋と深い交友関係にあった。明治3年の時点で、兵制改革を視察するという名目で、第一回目の鹿児島訪問を行い、桐野利秋と交流し、意気投合

『南洲伝』覚書( 39 )ー大久保利通暗殺事件。 ■大久保利通暗殺の実行犯グループ六名のう五名が、石川県士族だった。しかも彼等は、薩摩藩の西郷南洲や桐野利秋等と、思想的にも人間関係においても、深く結びついていた。そこで、もう少し 、この問題を探って…

『南洲伝』覚書( 38 )ー大久保利通暗殺事件。 時の総理総裁とも言うべき大久保利通を、六名の青年たちが、自分達の命を犠牲にして、暗殺した。私利私欲からの『暗殺・テロ』ではない。若い命を投げ出した無私無欲の『暗殺・テロ』であった。彼等が所持していた『斬奸状( 斬姦状)』には、次のような文章が書かれていた。

『南洲伝』覚書( 38 )ー大久保利通暗殺事件。 時の総理総裁とも言うべき大久保利通を、六名の青年たちが、自分達の命を犠牲にして、暗殺した。私利私欲からの『暗殺・テロ』ではない。若い命を投げ出した無私無欲の『暗殺・テロ』であった。彼等が所持してい…

『南洲伝』覚書( 37 )ー大久保利通暗殺事件。 暗殺事件は、暗殺された被害者側に立って見るか、あるいは暗殺事件を実行した加害者側に立って見るかで、その意味は、大きく変わってくる。「大久保利通暗殺事件」も例外ではない。私は、最近まで、大久保利通を襲撃し、惨殺した6人の実行犯たちの思想と行動、そして彼等の人生を、まったく知らなかった。島田一郎等、6人の暗殺者たちの人生や政治思想を知るに及んで、考えることが多くなった。当然のことだが、彼等は、単なる無知蒙昧な暴虐の集団ではなかった。一人一人に、家族や友人がお

『南洲伝』覚書( 37 )ー大久保利通暗殺事件。暗殺事件は、暗殺された被害者側に立って見るか、あるいは暗殺事件を実行した加害者側に立って見るかで、その意味は、大きく変わってくる。「大久保利通暗殺事件」も例外ではない。私は、最近まで、大久保利通を…

『南洲伝』覚書( 36)ー大久保利通暗殺事件。 島田一郎等の「大久保利通暗殺事件( 紀尾井坂の変)」を、大久保利通サイドから描いた資料や文献は少なくないが、暗殺事件の実行犯であった島田一郎サイドから描いた資料や文献は、ほとんどない。私は、「大逆事件」関連の文章もかなり書いているが、大逆事件の場合、逮捕され、処刑された幸徳秋水や大石誠之助、菅野壽賀子サイドから事件の真相に迫った資料や文献は、掃いて捨てるほどある。あるいは戦後の浅沼稲次郎刺殺事件の実行犯・山口二矢に関する資料や文献は、大江健三郎の『セヴンテ

『南洲伝』覚書( 36)ー大久保利通暗殺事件。 島田一郎等の「大久保利通暗殺事件( 紀尾井坂の変)」を、大久保利通サイドから描いた資料や文献は少なくないが、暗殺事件の実行犯であった島田一郎サイドから描いた資料や文献は、ほとんどない。私は、「大逆事件…

『南洲伝』覚書(35)ー大久保利通暗殺事件。 大久保利通を暗殺した石川県士族の島田一郎の刑死( 打ち首)に望んでの態度は立派だった。彼が、政府の公式発表(?)どおりに、単なる「不平士族」ではなかったことを示している。

『南洲伝』覚書(35)ー大久保利通暗殺事件。大久保利通を暗殺した石川県士族の島田一郎の刑死( 打ち首)に望んでの態度は立派だった。彼が、政府の公式発表(?)どおりに、単なる「不平士族」ではなかったことを示している。( 続く) ・・・・・・・ 応援クリッ…

『南洲伝』覚書( 34)ー大久保利通暗殺事件 これは余談だが、一昨年( 3017 )、この島田一郎等の「斬奸状」の話題を、サンデー毎日で、牧太郎が、取り上げていた。面白いコラムだったので記憶しているが、牧太郎は、「安倍晋三首相批判」の小道具として、この「斬奸状」を引き合いに出していた。司馬遼太郎とは異なり、牧太郎太郎は、この「斬奸状」を、政権批判の文書として高く評価していたように思う。つまり、安倍政権批判と大久保政権批判をダブらせ、その論拠として島田一郎等の「斬奸状」を活用したというわけだ。そのコラムを引

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書( 34)ー大久保利通暗殺事件 これは余談だが、一昨年( 3017 )、この島田一郎等の「斬奸状」の話題を、サンデー毎日で、牧太郎が、取り上げていた。面白いコラムだったので記憶しているが、牧太郎は、「安倍晋三首相批判」の小道…

『南洲伝』覚書( 33)ー大久保利通暗殺事件 ■明治十一年五月十四日。大久保利通は、この日の朝、8時頃、馬車で家を出た。馬丁が一人先行し、紀尾井坂に差しかかるあたりで、島田一郎等が待ち伏せしていた。馬丁が坂を駆け上がって行った。その後に大久保利通の馬車が・・・。それを見ると、島田一郎等、六人が、駆け寄って、馬車の前に立ちはだかった。同時に、先ず、馬の前脚を斬った。馬は、大きく飛びあがった。馬車に飛び乗って、ドアをたたいた。馬の手綱を持っていた中村太郎が、慌てて、馬車から飛び降りた。しかし、中村は、無防備

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書( 33)ー大久保利通暗殺事件 ■明治十一年五月十四日。大久保利通は、この日の朝、8時頃、馬車で家を出た。馬丁が一人先行し、紀尾井坂に差しかかるあたりで、島田一郎等が待ち伏せしていた。馬丁が坂を駆け上がって行った。その…

『南洲伝』覚書(32)ー大久保利通暗殺事件 ■本文を書き忘れて、眠り込んでしまっていたらしい。というわけで、一日後に書き足す。 ■それにしても不思議なのは、大久保利通暗殺事件の首謀者・島田一郎に対する評判が非常に悪いことだ。私は、「桜田門外の変」の首謀者たちに対する評価と比較しながら、あまりにも落差が大きいことを、不可解に思う。何故だろう。私の考えでは、明治維新を肯定する側による御用学者やジャーナリズム、一般大衆を巻き込んだ「勝者史観」が影響しているように見える。井伊直弼の首を討ち取った桜田門外の変は、大

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(32)ー大久保利通暗殺事件 ■それにしても不思議なのは、大久保利通暗殺事件の首謀者・島田一郎に対する評判が非常に悪いことだ。私は、「桜田門外の変」の首謀者たちに対する評価と比較しながら、あまりにも落差が大きいことを…

『南洲伝』覚書(31)ー大久保利通暗殺事件 ■不思議なことに、西郷死後、1年もたたないうちに、「西郷殺し」の主犯とも言うべき大久保利通が暗殺され、その後、川路利良も病死している。「因果応報」というものだろうか。大久保利通を紀尾井坂で、待ち伏せし、出勤途中の大久保利通を襲撃し、斬殺したのは、石川県士族・島田一郎等であった。島田一郎等は、不意を襲ったわけではなかった。暗殺予告を、前もっておこなったあげく、斬姦状をかき上げ、それを所持し、また一方では、新聞各社へ、暗殺事件当日、到着するように、送りつけたあげく

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(31)ー大久保利通暗殺事件 ■不思議なことに、西郷死後、1年もたたないうちに、「西郷殺し」の主犯とも言うべき大久保利通が暗殺され、その後、川路利良も病死している。「因果応報」というものだろうか。大久保利通を紀尾井坂…

『南洲伝』覚書(30)ー重野安繹と高島鞆之助 ■学者文人である重野安繹とは異なり、高島鞆之助は、戊辰戦争にも西南戦争にも参加した軍人である。西南戦争後は、昇進を重ね、陸軍大臣にまで登りつめている。彼もまた、若い時から西郷の配下にあり、西郷隆に恩義を感じる立場にあった。しかし、彼は、西南戦争を、政府軍軍人として戦った。つまり、高島鞆之助もまた「西郷殺し」に加担した人物である。しかし、高島鞆之助の深層心理にもまた、「西郷殺し」に積極的に加担しながらも、何処かに、「後ろめたさ」の感情が残った。「西郷南洲のこと

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(30)ー重野安繹と高島鞆之助■学者文人である重野安繹とは異なり、高島鞆之助は、戊辰戦争にも西南戦争にも参加した軍人である。西南戦争後は、昇進を重ね、陸軍大臣にまで登りつめている。彼もまた、若い時から西郷の配下にあ…

『南洲伝』覚書(29)ー重野安繹と高島鞆之助 ■高島鞆之助という人物がいる。薩摩藩出身の軍人である。西南戦争では別働第1旅団司令長官を務めている。後に、陸軍大臣や枢密院顧問などを勤めている。要するに、東京残留組で、その後、立身出世した人物だ。しかしながら、私は、つい最近まで、その名前も経歴も全く知らなかった。■この人も、大久保利通から直接、聞いた「秘話」を、周辺に披露して、しきりに大久保擁護の発言を繰り返していたようだ。しかも、同じような秘話である。最近では、西村慎吾元衆議院議員が、高島鞆之助の証言を史

・・・・・・・『南洲伝』覚書(29)ー重野安繹と高島鞆之助■高島鞆之助という人物がいる。薩摩藩出身の軍人である。西南戦争では別働第1旅団司令長官を務めている。後に、陸軍大臣や枢密院顧問などを勤めている。要するに、東京残留組で、その後、立身出世し…

『南洲伝』覚書(28)ー薩摩藩・東京残留組の「西郷殺しのトラウマ」 ■大久保利通を筆頭とする薩摩藩・東京残留組の「西郷殺しのトラウマ」は、かなり深刻だった。彼等は西南戦争の主導者は、桐野利秋等であると主張し、西郷を殺したのは、自分たちではない、と言い張った。西郷の弟・西郷従道、黒田清輝、川路利良、川村純義・・・。西南戦争の勝利で、彼等の立身出世、高位高官、は保証されたものの、その心理的代償も大きかった。特に西郷の弟・西郷従道は、終始一貫、西南戦争を主導したのは桐野利秋らであって、兄・西郷隆盛は、「桐野利

・・・・・・・ ※『南洲伝』覚書(28)ー薩摩藩・東京残留組の「西郷殺しのトラウマ」■大久保利通を筆頭とする薩摩藩・東京残留組の「西郷殺しのトラウマ」は、かなり深刻だった。彼等は西南戦争の主導者は、桐野利秋等であると主張し、西郷を殺したのは、自分…

友人の高牧康さんの新著が、出版・発売されます。 ・・・『60歳からはじめる「のどピコ体操」』(PHP研究所)・・・。 「誤嚥」という言葉が、知られるようになって、何年経つでしょうか。この言葉とともに『のどピコ体操』が、高牧さんの提唱で、注目を浴びるようになってきました。実は、私も『誤嚥』事件を起こしたことがあります。鹿児島錦江湾の遊覧船のバーベキューで、大きな肉を、あまり噛まずに呑み込んだ時、喉に詰まらせて、あわてたことがあります

・・・・・・・ 友人の高牧康さんの新著が、出版・発売されます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・・・『60歳からはじめる「のどピコ体操」』(PHP研究所)・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「誤嚥」という言葉が、知られるようにな…

再び「呉座勇一問題」について。呉座勇一は「歴史」というものを甘く見てないか。呉座勇一には「歴史哲学」がない。

・・・・・・・再び「呉座勇一問題」について。呉座勇一は「歴史」というものを甘く見てないか。呉座勇一には「歴史哲学」がない。https://youtu.be/rzkTNtrFQaI https://youtu.be/rzkTNtrFQaI ・・・・・・・

『南洲伝』覚書(27)ー大久保利通と重野安繹。 大久保利通が、西南戦争の一年後に、暗殺されるが、その時、懐に西郷からの手紙を入れていたという話も怪しい。事実だったとしても、怪しい。その事実から、西郷と大久保の「無二の親友物語」を安易に想像するのは 、大久保利通の思う壺である。大久保利通は、「西郷殺し」の確信犯であった。それ故に、多くの同士や仲間たちが、茫然自失する中、大久保利通は、西郷との「無二の親友物語」を巧妙に「演技」する必要があった。「西郷殺し」に積極的に加担、実行したた「主犯格」の大久保利通と川

・・・・・・・『南洲伝』覚書(27)ー大久保利通と重野安繹。大久保利通が、西南戦争の一年後に、暗殺されるが、その時、懐に西郷からの手紙を入れていたという話も怪しい。事実だったとしても、怪しい。その事実から、西郷と大久保の「無二の親友物語」を安…

昨日は、政治学者=岩田温先生の新著『偽善者の見分け方』の「出版記念講演会」に出席。岩田先生の話は、最近の政治を語る論者が、しばしば、陥る政治漫談的な情勢論にとどまららず、私が「原理論」「存在論」と呼ぶような次元の話にも大胆に突入。ナチスの『普通の人びと』の犯罪論からハンナ・アーレントの政治哲学への批判、ソクラテス=プラトンの「正義論」、カール・シュミットの「敵=味方論」、親鸞の『歎異抄』の「悪人正機説」・・・など多岐に渡り、多くの政治哲学的な問題を学ぶことができた。「犯罪者や凶悪犯がいるのではない。普通の

・・・・・・・ ■昨日は(6・8)、政治学者=岩田温先生の新著『偽善者の見分け方』の「出版記念講演会」に出席。岩田先生の話は、政治漫談的な情勢論にとどまらず、私が「原理論」「存在論」と呼ぶような次元の話にも大胆に突入。ナチスの『普通の人びと』の犯…

本日、午後1:00より、お茶の水駅東口、【東京ガーデンパレス(3F)】で、岩田温先生の『偽善者の見破り方』出版記念講演会が、開かれます。小生も、登壇し、簡単なスピーチをやる予定です。よろしくお願いします。

・・・・・・・本日、午後1:00より、お茶の水駅東口、【東京ガーデンパレス(3F)】で、政治学者=岩田温先生の『偽善者の見破り方』出版記念講演会が、開かれます。小生も、登壇し、簡単なスピーチをやる予定です。よろしくお願いします。 ・・・・・・・

小林秀雄とベルグソンとマルクス(続 )。 マルクスは『資本論』の序文で、こう書いてる。 《でき上がった生体を研究するのは、生体細胞を研究するよりやさしいからである。そのうえに、経済的諸形態の分析では、顕微鏡も科学的試薬も用いる わけにはいかぬ。抽象力なるものがこの両者に代らなければならぬ。 》(『資本論』第一版の序文 ) 「 顕微鏡も科学的試薬 も用いるわけにはいかぬ」とは、どういうことだろうか。マルクスは、ここで、科学的方法も、あるいは実証的方法も 実験的方法も、役にたたないと言っているように

・・・・・・・ 小林秀雄とベルグソンとマルクス(続 )。 マルクスは『資本論』の序文で、こう書いてる。 《でき上がった生体を研究するのは、生体細胞を研究するよりやさしいからである。そのうえに、経済的諸形態の分析では、顕微鏡も科学的試薬も用いる わ…

『南洲伝』覚書(26)ー西郷南洲と重野安繹。 重野安繹(しげの=やすつぐ )は、西郷の「 学問 」についても「証言 」している。重野によれば、西郷は、「秩父くずれ 」、あるいは「 近思録くずれ 」と呼ばれていた薩摩藩内の派閥抗争事件で、弾圧された陽明学系の教師たちから多くを学んでいた。それは、同じような朱子学とはいえ、理論より実践を重んじるグループだった。重野安繹のような正統派朱子学を学んだ者に言わせるならば、「 負け犬の学問 」であった。しかし、それ故に、薩摩藩内の派閥事件「 近思録崩れ事件」

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(26)ー西郷南洲と重野安繹。 重野安繹(しげの=やすつぐ )は、西郷の「 学問 」についても「証言 」している。重野によれば、西郷は、「秩父くずれ 」、あるいは「 近思録くずれ 」と呼ばれていた薩摩藩内の派閥抗争事件で、弾…

『南洲伝』覚書(25)ー大久保利通と重野安繹。 西南戦争で西郷が戦死した直後、大久保利通邸で、大久保利通と、駆け付けてきた重野安繹の二人が、話し込んでいた。そして、大久保利通が、例の「秘密の 話 」を語り始めた。「私が、西郷のことは、一番よく知っている。」「西郷と私以外、誰も知らない話がある。」と。この話は、重野安繹だけが聞いた話、ということになっている。しかし、大久保利通の周辺には、この話を、大久保利通から聞いたという人は、重野安繹だけではなかった。薩摩藩出身の本田親雄や五代友厚等も、「秘密の話 」

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(25)ー大久保利通と重野安繹。 西南戦争で西郷が戦死した直後、大久保利通邸で、大久保利通と、駆け付けてきた重野安繹の二人が、話し込んでいた。そして、大久保利通が、例の「秘密の 話 」を語り始めた。「私が、西郷のこと…

『南洲伝』覚書(24)ー大久保利通の「 証言 」は信用出来るか? 大久保利通は、西南戦争終結後、多くの「証言 」を周辺に漏らしている。無口で、謹厳実直のイメージとは違う「 証言 」の仕方である。言い換えれば…明らかに意図的だ。私は、大久保利通の西郷に関する「 証言 」の多くは信用出来ないと判断する。自己弁護、自己合理化の匂いがする。 たとえば、兵庫県の海岸での「刺し違え未遂事件 」。島津久光の怒りをかって、遠島処分、あるいは切腹の処分を受ける可能性があった時、大久保利通は、西郷を兵庫県の海岸に連れ出

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(24)ー大久保利通の「 証言 」は信用出来るか? 大久保利通は、西南戦争終結後、多くの「証言 」を周辺に漏らしている。無口で、謹厳実直のイメージとは違う「 証言 」の仕方である。言い換えれば…明らかに意図的だ。私は、大久…

『南洲伝』覚書(23)ー西郷南洲と陽明学。 某図書館で、『 重野安繹と久米邦武』(山川出版社 )という本を見つけた。一日中、読み耽った。重野安繹に興味を持っているので、関係書籍類を探しているのだが、なかなか見つからない。逆に考えれば、重野安繹という名前もその業績も、ほとんど忘れられているということだ。何故だろうか。『 重野安繹と久米邦武』を読んで、その理由が少しだけ、分かったような気がする。重野安繹は、少年時代から優秀な秀才で 、いわゆる「 学校秀才 」としては華やかな経歴の持ち主なのだが、その華やか

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(23)ー西郷南洲と陽明学。 某図書館で、『 重野安繹と久米邦武』(山川出版社 )という本を見つけた。一日中、読み耽った。重野安繹に興味を持っているので、関係書籍類を探しているのだが、なかなか見つからない。逆に考えれば…

山崎行太郎メールマガジン『 毒蛇山荘通信』 ( 「呉座勇一続報メール」を読む=角川書店編集者=岸山征寛を告発する。 ) を配信しました。 http://www.mag2.com/m/0001151310.html メールマガジン 『 山崎行太郎の毒蛇通信 』

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『南洲伝』覚書(22)ー西郷南洲と陽明学。 某図書館で、陽明学の本を捜していたら、偶然、林羅山の本が見つかった。立ち読みしていたら、思わず、引き込まれてしまった。林羅山は、少年時代から秀才で、わずか20歳前後で、当時、最高の儒学者=藤原惺窩に弟子入り、その人脈を利用して、次は徳川家康に取り入り・・・。家康に取り入った林羅山は、徳川幕府の御用学者へ。学問(朱子学 )を、 上昇志向の手段にしてのし上がる御用学者=林羅山の「生命力 」に脱帽しつつ、感動する。徳川幕府の天才的御用学者・林羅山の系譜を受け継ぐ

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(22)ー西郷南洲と陽明学。 某図書館で、陽明学の本を捜していたら、偶然、林羅山の本が見つかった。立ち読みしていたら、思わず、引き込まれてしまった。林羅山は、少年時代から秀才で、わずか20歳前後で、当時、最高の儒学者=…