文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

2019-02-07から1日間の記事一覧

『南洲伝』と『 モーゼ伝』(4)■ 歴史学者という人種は、「史観 」でしか「 歴史 」や「歴史的人物 」を評価できないようである。大衆通俗小説作家たちも、無意識のうちに史観を根拠に歴史的人物を評価・解釈している。司馬遼太郎がその典型である。そもそも史観とは何か。歴史そのものを見ないで、歴史解釈の図式が初めにあり、その解釈モデルを物差しに、歴史や歴史的人物を評価・解釈しているというこおとである。

ブログランキング応援クリックお願いします。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 『南洲伝』と『モーゼ伝 』(4)ー西郷南洲もモーゼも「歩く人」だった。死ぬまで「歩き続けた人」だった。目的地があって歩くのではなく、「歩くこと」自体が、彼らの目的だった。 ■■■■■■■以…

■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 『南洲伝』と『モーゼ伝 』(4)ー西郷南洲もモーゼも「歩く人」だった。死ぬまで「歩き続けた人」だった。目的地があって歩くのではなく、「歩くこと」自体が、彼らの目的だった。 ■■■■■■■以下本文■■■■■■■歴史学者という人種は、「史観 」…