文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

2019-05-02から1日間の記事一覧

『南洲伝』覚書(2)ー明治天皇と西郷南洲。 征韓論論争と西南戦争において、はじめて西郷は、「 西郷隆盛」「 西郷南洲」になった、と言っていい。確かに、歴史的事実としては、西郷は、大久保利通や岩倉具視等の策謀に負けた。しかし、西郷は、「 負ける」ことによって 、「 永遠の命 」を得ることになった。西郷は、無能な木偶の坊だったから負けたのではない。負けて勝ったのである。西郷は、ここで、明治天皇と袂を分かち、敵対関係になる。そして、最後は、天皇に刃向かった「逆賊 」として死ぬことになる。だが、むしろ、

・・・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(2)ー明治天皇と西郷南洲。征韓論論争と西南戦争において、はじめて西郷は、「 西郷隆盛」「 西郷南洲」になった、と言っていい。確かに、歴史的事実としては、西郷は、大久保利通や岩倉具視等の策謀に負けた。しかし、西…

『南洲伝』覚書(1)ー明治天皇と西郷南洲。 西郷南洲は、征韓論論争の果てに、あっさりと身をひいて、公職を辞職して、鹿児島に帰っていった。その時、西郷南洲は、「 私は策謀をしなかった」と言ったと伝えられているが、この言葉の意味は小さくない。普通は、西郷南洲は、征韓論論争に敗れて、敗走するように、故郷・鹿児島へ帰って行ったということになっている。私は、そうは思わない。西郷南洲は、征韓論論争に負けてもいなければ、敗走したのでもない。そもそも「 征韓論論争 」は、あるいは「 明治六年政変 」は、征韓論をめぐる

・・・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(1)ー明治天皇と西郷南洲。西郷南洲は、征韓論論争の果てに、あっさりと身をひいて、公職を辞職して、鹿児島に帰っていった。その時、西郷南洲は、「 私は策謀をしなかった」と言ったと伝えられているが、この言葉の意味は…