文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

2019-06-23から1日間の記事一覧

『南洲伝』覚書( 34)ー大久保利通暗殺事件 これは余談だが、一昨年( 3017 )、この島田一郎等の「斬奸状」の話題を、サンデー毎日で、牧太郎が、取り上げていた。面白いコラムだったので記憶しているが、牧太郎は、「安倍晋三首相批判」の小道具として、この「斬奸状」を引き合いに出していた。司馬遼太郎とは異なり、牧太郎太郎は、この「斬奸状」を、政権批判の文書として高く評価していたように思う。つまり、安倍政権批判と大久保政権批判をダブらせ、その論拠として島田一郎等の「斬奸状」を活用したというわけだ。そのコラムを引

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書( 34)ー大久保利通暗殺事件 これは余談だが、一昨年( 3017 )、この島田一郎等の「斬奸状」の話題を、サンデー毎日で、牧太郎が、取り上げていた。面白いコラムだったので記憶しているが、牧太郎は、「安倍晋三首相批判」の小道…

『南洲伝』覚書( 33)ー大久保利通暗殺事件 ■明治十一年五月十四日。大久保利通は、この日の朝、8時頃、馬車で家を出た。馬丁が一人先行し、紀尾井坂に差しかかるあたりで、島田一郎等が待ち伏せしていた。馬丁が坂を駆け上がって行った。その後に大久保利通の馬車が・・・。それを見ると、島田一郎等、六人が、駆け寄って、馬車の前に立ちはだかった。同時に、先ず、馬の前脚を斬った。馬は、大きく飛びあがった。馬車に飛び乗って、ドアをたたいた。馬の手綱を持っていた中村太郎が、慌てて、馬車から飛び降りた。しかし、中村は、無防備

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書( 33)ー大久保利通暗殺事件 ■明治十一年五月十四日。大久保利通は、この日の朝、8時頃、馬車で家を出た。馬丁が一人先行し、紀尾井坂に差しかかるあたりで、島田一郎等が待ち伏せしていた。馬丁が坂を駆け上がって行った。その…

『南洲伝』覚書(32)ー大久保利通暗殺事件 ■本文を書き忘れて、眠り込んでしまっていたらしい。というわけで、一日後に書き足す。 ■それにしても不思議なのは、大久保利通暗殺事件の首謀者・島田一郎に対する評判が非常に悪いことだ。私は、「桜田門外の変」の首謀者たちに対する評価と比較しながら、あまりにも落差が大きいことを、不可解に思う。何故だろう。私の考えでは、明治維新を肯定する側による御用学者やジャーナリズム、一般大衆を巻き込んだ「勝者史観」が影響しているように見える。井伊直弼の首を討ち取った桜田門外の変は、大

・・・・・・・ 『南洲伝』覚書(32)ー大久保利通暗殺事件 ■それにしても不思議なのは、大久保利通暗殺事件の首謀者・島田一郎に対する評判が非常に悪いことだ。私は、「桜田門外の変」の首謀者たちに対する評価と比較しながら、あまりにも落差が大きいことを…