哲学者=山崎行太郎のBlog『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。元・東工大講師、元・埼玉大学講師。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『それでも私は小沢一郎を断固支持する』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『柄谷行人とヘーゲルとマルクス』など。緊急連絡(レポート)は、メールフォームからお願いします。➡︎https://ws.formzu.net/fgen/S49964599

日本よ、沖縄を畏れよ!「沖縄独立論」を知らずして「日本国防論」を語るなかれ!

日本よ、沖縄を畏れよ!「沖縄独立論」を知らずして「日本国防論」を語るなかれ!




先日、沖縄問題について、「月刊日本」編集部の中村君のインタビュー取材を受けた。沖縄問題とは、先日の知事選や米軍基地問題尖閣諸島問題など、もっぱら政治問題 、国防問題として語られるのが、日本の、あるいは東京を中心とするマスコミ報道の常識だ。しかし、最近、話題になり始めた「沖縄独立論」が象徴するように、「政治問題 、国防問題」としてのみ沖縄問題を語るには 、限界がある。

というわけで、僕は、沖縄問題を論じるためには、沖縄と日本の歴史、沖縄と日本の民族問題を度外視しては、現在の沖縄問題は語れないと、主張した。

まず日本と沖縄の歴史だ。沖縄の芥川賞作家・大城立裕に『琉球処分』という作品がある。「琉球処分」とは何か。沖縄、琉球は、明治維新前は、厳密に言うと、「日本」ではなかった、ということだ。明治維新前後の薩摩藩による武力征服、明治維新後の琉球処分・・・などを経て、蝦夷地(北海道)や朝鮮半島などとともに、「日本」という近代国民国家に統合されたということだ。これは、常識だが、我々は、現在、沖縄を語るときに、この歴史的事実を忘れているか、隠蔽している。だから議論がチグハグになるのだ。

哲学者の柄谷行人も言うように、最近、国際問題に発展しつつあるスコットランド独立論やカタルニア独立論などと同様に、「沖縄独立論」、ないしは「琉球独立論」も、起こるべくして起きている議論なのだ。沖縄問題は、その歴史と現実を踏まえて議論しなければならないのだ。

もう一つ。歴史問題と重複するのだが、沖縄人、琉球人 、あるいは琉球諸島の民族問題である。柳田國男折口信夫をはじめとして、島尾敏雄谷川健一大江健三郎などにいたるまで、沖縄文化に関心を持つものは少なくない。何故か?沖縄=琉球は、異国の地でありながら、日本文化の原郷であり、そこへ郷愁のようなものを感じるからではないのか?少なくとも、我々は、こういう問題を念頭に置いたうえで、現在の沖縄問題を語るべきではないのか?

ある意味では、沖縄問題は朝鮮半島問題とも無縁ではない。つまり、「琉球処分」は、「日清・日露戦争」「日韓併合」という近代国民国家形成期の大事件なのだ。当時、「日鮮同祖論」が論壇に登場したように、「日琉同祖論」も登場している。これは朝鮮半島琉球諸島も異国であり、異民族であったということだ。つまり、朝鮮半島が、第二次大戦後、独立したように、沖縄も独立の可能性があったということだ。

もし、沖縄独立論がさらに大きくなり、沖縄独立が現実的問題になって来ると、尖閣諸島問題も日本の国防問題も、まったく別のものになっていくことになる。沖縄独立が現実化するとは思はないが、その可能性がまったくないとは言えない。「尖閣諸島は日本固有の領土だ」などという議論は根底から崩れ、吹っ飛ぶ。「尖閣諸島は沖縄の領土だ」ということになるからだ。少なくとも、その可能性を頭の隅に置いたうえで、沖縄問題は議論すべきだろう。

話しは変わるが、「おなが知事」を圧勝に導いたのは、沖縄ナシオナリズムである。厳密に言えば、「沖縄反日ナシオナリズム」である。それは、「沖縄独立論」とも無縁ではない。つまり、安倍晋三やその周辺が考えているような「左翼」でもないし、「左翼=共産主義勢力」でもない。極めて健全な「保守民族派ナシオナリズム」である。知事選挙の結果を見て、早速、ジョセフ・ナイやアーミテイジらが、反応したように、米軍と米国政府は、沖縄の「保守民族派ナシオナリズム」の動向に敏感である。鈍感なのは、安倍晋三とその周辺の保守文化人たちだけだ。

日本の保守民族派には、本物の「保守ナシオナリズム」はない。沖縄米軍基地を容認する保守民族派ナシオナリズム」なんてナンセンス。そもそも戦後日本の民族派的ナシオナリズムは、保守民族派ではなく、左翼学生運動や左翼過激派によって、実質的に担われてきた。だからこそ、三島由紀夫も、保守民族派よりも、左翼過激派にシンパシーを感じていたのだと思う。僕は、最近のネット右翼や保守民族派の出張する保守ナシオナリズムが、「命懸けのナシオナリズム」だとは思わない。

日米関係は重視し、日米安保も軽視すべきではないが、日本を植民地的属国化した上での日米安保=日米関係はよくない。

柄谷行人は帝国と帝国主義を区別している。帝国の植民地支配は、柔らかい支配であり、その国の文化や伝統を尊重した、多元的、鷹揚な支配だった。帝国主義は、その国の文化や言語、伝統を破壊し、本国の文化や言語で、一元的に支配するものだった。

沖縄問題は、帝国スタイルでやるべきだ。「沖縄独立論」も尊重した上で、沖縄の人々が、実質的には、「米軍支配から本土復帰へ」の道を選んだように、日本国民も、暖かく寛容な態度で対処すべきだ。そのためにも、沖縄米軍基地を、できるだけ早く、国外移転を模索すべきだ。辺野古移転は、日本にとっても沖縄にとっても最低の選択だ。


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