哲学者=山崎行太郎ブログ『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。元・東工大講師、元・埼玉大学講師。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『それでも私は小沢一郎を断固支持する』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『柄谷行人とヘーゲルとマルクス』など。緊急連絡(レポート)は、メールフォームからお願いします。➡︎https://ws.formzu.net/fgen/S49964599

エンゲルス以前のエンゲルス



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◼️エンゲルス以前のエンゲルス

 あらゆる思想は存在論から生まれる。存在論なき思想は亜流思想である。マルクス主義もまた存在論に裏打ちされた存在思想である。そうであるが故に、19、20世紀において強力な思想として影響力を発揮してきたのである。
 小林秀雄は、存在論からイデオロギーへの過程、つまり「思想の誕生」の過程について、こう言っている。

《従って次の事はどんなに逆説めいて聞こえようと真実である。偉大な思想ほど亡び易い、と。亡びないものが、どうして蘇生する事が出来るか。亜流思想は亡び易いのではない。それは生まれ出もしないのである。歴史の食料はやはり歴史である。嘗て一番微妙に生きて死んだ歴史が、一番上等な食料である事に間違いはない。》(小林秀雄ドストエフスキイの生活』)

 マルクスマルクス主義に関しても、「マルクス主義の終焉」や「マルクスは終わった」という言葉が氾濫した時代があった。しかし、それは、イデオロギーとしてのマルクス主義が終わった、あるいは思想体系としてのマルクス主義が終わった、と言っていたにすぎない。つまり、マルクス主義的知識が、新しい時代状況の分析に役立たないと言っていたにすぎない。むろん、それは、マルクス主義が存在論に裏打ちされた思想体系だということを忘れた暴論にすぎない。一時的に、マルクス主義が社会分析の道具として無効になろうとなるまいと、マルクス主義という思想の価値に変化はない。
 プラトンの思想が、プラニズムの終焉とともに消滅することはない。デカルトの思想も、デカルト主義が亡びようとも、消滅することはない。同じ事が、マルクス主義にもいえる。マルクスエンゲルスの思想は、マルクス主義の思想が亡びようと亡びまいと、消滅することはない。言い換えれば、新しいマルクス主義として、いつでも生き返るのである。
 マルクス主義が亜流思想だったとは思えない。つまり、マルクス主義という思想体系にも、その思想体系ができあがる前に、存在論的な苦闘の歴史があったのである。
 そこで、小林秀雄なら、「偉大な思想ほど亡び易い」と言うところだろう。言い換えれば、マルクス主義という「偉大な思想」も、何回でも蘇生するということである。何故、マルクス主義という思想は、蘇生できるのか。それは、マルクス主義にも存在論があるということだ。
日本の保守思想、ないしは保守主義は、マルクス主義の影響下に生まれた対抗思想にずぎないと、小林秀雄も言っている。小林秀雄江藤淳を除いて、日本の保守思想に存在論はない。
 広松渉に『マルクス主義の成立過程』という本がある。文字通りマルクス主義という「イデオロギー(思想体系)」の成立のプロセスを論じたものであるが、広松渉もまた、マルクス主義を、出来あがった、完成した思想体系として論じているわけではないことが分かる。
エンゲルスが、思想体系の構築ということに深い関心を持つ体系的な思想家だったことはあきらかだが、そうだったとしても、エンゲルスに、思想体系の構築以前に、右往左往し、混沌とした、存在論的な虚無との遭遇の時代、つまり、「青年時代」がなかったわけではない。
 広松渉の『エンゲルス論』が描くのは、その青年時代のエンゲルスである。つまり、「エンゲルス以前のエンゲルス」、あるいは「マルクス主義成立以前のエンゲルス」である。
 繰り返しになるが、広松渉は、マルクス主義形成過程におけるエンゲルスの役割について、「第一ヴァイオリンを弾いたのがエンゲルスである」と書いている。

《従来の研究者たちは、「唯物史観誕生の書」と俗称されるブリュッセル時代の記念碑的労作『ドイツ・イデオロギー』の中枢部、すなわち「第一篇、フォイエルバッハ唯物論的な観と観念論的な観方との対立」がエンゲルスの執筆になることを無視してきた。これがエンゲルスの執筆になることを知った例外的な少数の人々もーー恐らくや『経済学批判』序文の卒読とエンゲルス晩年の゛証言゛に引摺られてーー「口述筆記説」その他を無責任に持ち出し、旧来の゛通説゛に追随してきた。しかし、『ドイツ・イデオロギー』の手稿におけるエンゲルスの地の文章とマルクスの筆跡で加筆修正されている文章とを比較分析してみれば、エンゲルスのオリジナリティとこの時点におけるイニシアチーヴには疑問の余地がありえない。(中略)この遺稿で第一ヴァイオリンを弾いたのがエンゲルスであることに疑いを容れるに難い筈である》(広松渉エンゲルス論』)

 
 マルクス主義の歴史は、エンゲルスを抜きには語れない。むしろ、マルクス主義の実体は、エンゲルス主義だった要素の方が強い。マルクスが偉大な思想家だったとすれば、エンゲルスマルクス以上に偉大な思想家だった可能性が高い。つまり、マルクス主義の歴史にとってマルクスの青年時代が重要だとすれば、エンゲルスの青年時代も重要なのである。

 要するに、どんな体系的な思想家や哲学者にも、思想が生まれ出てくる実存的虚無との苦闘の時代があったということだ。言い換えれば、エンゲルスは、最初からエンゲルスだったわけではない。エンゲルスにもまた「エンゲルス以前のエンゲルス」の時代があったのだ。そこに、思想や思考にまつわる重要なポイントがある。

 マルクスエンゲルスの差異は、マルクスは、思想の体系化を拒絶する度合いの強い存在論的思想家であり、エンゲルスは、存在論的思考より、体系的的思考の度合いの強いイデオロギー的思想家だったというだけの差異である。
 このことについて、柄谷行人は、へーゲルを例にとって、こう言っている。

《へーゲルは大きな建物をたてて自分はその脇の掘立小屋に住んでいるのだ、とキルケゴールはいっている。しかしへーゲルだけではない。どんな人間も実は掘立小屋に住んでいるのである。そしてそういう場所でものを考え生活しているのだ、と私は思っている。》(柄谷行人『掘立小屋での思考』)

 エンゲルスはへーゲル的な思想家だった。エンゲルスもまた、へーゲルと同様に、「唯物史観」や「弁証法唯物論」というマルクス主義の思想体系の構築に貢献した。しかし、エンゲルスもまた「掘立小屋」でものを考えたのだ。考える場所は、ともに「掘立小屋」だったのだ。つまり、へーゲルもエンゲルスも、マルクスと同様に「掘立小屋」という存在論の場所で考えたのだ。
 「掘立小屋」とは存在論的場所である。思想体系が構築される以前の思考の場所である。
  
私は、これまでマルクスエンゲルスの差異を強調してきた。しかし、広松渉の研究成果からも明らかなように、「マルクス主義の成立過程」ということになると、エンゲルスの存在価値は、マルクスに優ることはあっても、劣ることはない。言い換えれば、マルクス主義エンゲルス主義だと言ってもいいということだ。つまり、エンゲルスにも存在論の時代としての疾風怒濤の青年時代があったということである。
 少なくとも、青年時代のマルクスエンゲルスを比較する限り、マルクスよりエンゲルスの方が面白く、かつ生産的である。明らかにマルクスは、エンゲルスの後塵を拝しながら思想活動を続けていた。私は、マルクスは、エンゲルスなしに、「マルクス主義」の構築は言うまでもなく、「マルクス」自身にさえなり得たかどうか疑問だと思う。
 再び、広松渉の『エンゲルス論』から引用する。

《従ってーー彼が当初「若きドイツ派」運動の若手代表格として十九歳の頃にぱすでに論壇の寵児であったことや、彼がへーゲル左派時代に書いた一連の著作が ゛フォイエルバッハに優るとも劣らぬほどの一大センセーションを捲き起こした゛ことなど、幾つか事実はしら知られているにしてもーーへーゲル左派の主流でさえまだ体制内在的であった時期に、弱冠二十歳前後の彼がいかにして反体制派の旗手となりえたのか、その後いかにして彼がへーゲル左派運動に参加しえたのか、また、マルクスですら共産主義に対して批判的な態度をとっていた時点で、彼が一足先に共産主義者となり、いちはやく理論的・実践的運動を開始することができたのは何故か、この種の事実と経緯について殆んど識られていない・・・》(『エンゲルス論』)

広松渉の言う「彼」とは、言うまでもなく「エンゲルス」である。エンゲルスは、すでに二十歳前後に、マルクスとは関係なしに、「共産主義者としての革命家」という思想的レベルに達していた。「掘立小屋」で思考するエンゲルスがここにいる。




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