哲学者=山崎行太郎ブログ『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。元・東工大講師、元・埼玉大学講師。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『それでも私は小沢一郎を断固支持する』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『柄谷行人とヘーゲルとマルクス』など。緊急連絡(レポート)は、メールフォームからお願いします。➡︎https://ws.formzu.net/fgen/S49964599

何故、新自由主義者=竹中平蔵を潰せなかったのか??

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もう聞き飽きた言葉だが、第二の敗戦や日本の没落や格差社会など、その起源や元凶が、小泉=竹中改革、つまり「構造改革なくして生長なし」というキャッチフレーズの元に勧められた「小泉構造改革」にあったことは、明らかである。特に、小泉改革とか竹中改革といわれる一連の郵政改革や構造改革に、竹中平蔵という経済学者の果たした役割は小さくない。むしろ、構造改革の元凶は、小泉純一郎というよりも、竹中平蔵であったと言ったほうがいい。もちろん、それは、私も認める。

しかし、私は、最近、もう一つ、別のことも考えるようになった。それは、何故 、悪評高い、あの「竹中平蔵」という構造改革の推進役、司令塔を、構造改革反対派は、潰せなかったのか、という問題である。私は、竹中平蔵がもたらした「構造改革の弊害」よりも、竹中平蔵を潰せなかった構造改革反対派の思想的弱さこそ問題だと思う。



竹中平蔵は「「思想の存在論化」「思想家の土着化」を生き、体験している経済学者だが、竹中平蔵を批判する側の政治家にも経済学者にも、「思想の存在論化」「思想家の土着化」がなされていなかったということである。私は、そこで、竹中平蔵桜井誠に、同じような問題意識を感得する。


竹中平蔵桜井誠を批判する政治家や学者やジャーナリストを見ていると、どうしても思想的貧しさと政治的脆弱さを感じる。竹中平蔵桜井誠の強靭さは、どこに根拠があるのか?


私は、佐々木実の『市場と権力』という竹中平蔵批判を読んだ時、安田浩一桜井誠批判の書『ネットと愛国』を読んだ時と同じ読後感を持った。佐々木の『市場と権力』によると、竹中平蔵は、和歌山県和歌山市の「下駄屋の次男坊」として生まれている。佐々木が、竹中平蔵の生まれや生家の職業を、侮蔑的に描いていることは明らかである。


和歌山の南部まで抜ける国道四二号線 を、和歌山城から南へ一キロほど下った 道路沿いに、ふるめかしい木造二階建ては建っていた。住居と店舗がいっしょになったつくりで、隣り合っていくつか同じような店舗が並んでいる。小さな商店が集まった長屋のようでもある。ここで竹中夫妻は履物店を営んでいた。平蔵が生まれたのは一九五一(昭和二六)年三月三日。男ばかり三人兄弟の次男である。(佐々木実『市場と権力』)

佐々木実も安田浩一も、それぞれ竹中平蔵桜井誠の出生地や出身地にまで足を伸ばし、少年時代の友人たちや近隣住民に取材して、そこから批判を展開しようとしている。しかし、私は、そこに疑問を感じた。


佐々木実も安田浩一も、竹中平蔵桜井誠を批判したつもりかもしれないが、むしろ、私は、擁護しているようにしか見えなかった。竹中平蔵桜井誠の少年時代の経済的な貧しさや階級的な屈辱感を、侮蔑的、差別的な眼差しで、批判的に描いているが、私は、むしろ、そこに竹中平蔵桜井誠の思想家としての「ホンモノ度」を直感した。

(続く)

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