哲学者=山崎行太郎のBlog『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。元・東工大講師、元・埼玉大学講師。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『それでも私は小沢一郎を断固支持する』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『柄谷行人とヘーゲルとマルクス』など。緊急連絡(レポート)は、メールフォームからお願いします。➡︎https://ws.formzu.net/fgen/S49964599

中上健次とポスト・モダンと思想の存在論化。ポスト・モダン派の評論家や学者たちによって、「中上健次神格化」が行われ、中上健次という「思想の土着化」を生きた文学者の「狂気」と「暴力」が隠蔽、抑圧され、文壇も論壇もアカデミズムも液状化した。

メールやレポート(学生)は、次の「メールフォーム」から送信してください。➡︎ https://ws.formzu.net/fgen/S49964599


政治ランキングへ

ーーここから本文です(⬇︎⬇︎⬇︎)ーー




============= =======
中上健次とポスト・モダンと思想の存在論化。
============= =======

ネット右翼」や「桜井誠」を追求していくと、八十、九十年代以降に、アカデミズムや文壇を中心に隆盛を極めたポスト・モダン思想にぶつかる。浅田彰の『構造と力』がブームになり、それが分岐点になったと言っていい。ポスト・モダン思想とは何だったのか。ポスト・モダン思想を、私なりに、一言で要約すると、「大きな物語」の放棄と「小さな物語」への固執ということになるだろう。マルクス主義という大きな物語の終焉、あるいは左翼過激派の暴走と自滅。行き場を失った左翼過激派やその周辺の若者たちは、ポスト・モダン思想に生きる道を見出す。左翼過激派の暴走と自滅、その後に続くのが、ポスト・モダン思想だった。
ネット右翼」は、小さな物語に閉じこもったポスト・モダン思想に飽き足らない若者たちが、ポスト・モダンに取って代わって、国家論や政治論という「大きな物語」を語る形で台頭してきたと思われる。
私は、ポスト・モダン思想は、「ネット右翼」によって乗り越えられたと思う。ポスト・モダン思想には「大きな物語」がないと同時に「思想の存在論化」と「思想の土着化」がない。「ネット右翼」は逆である。「ネット右翼」は、「思想の土着化」を根拠にしているが故に、日本の思想風土で、どんなに批判され、嫌われようと、強固な存在根拠を持つ。

中上健次とポスト・モダンと思想の存在論化。ポスト・モダン派の評論家や学者たちによって、「中上健次神格化」が行われ、その結果、中上健次という「思想の土着化」を生きた文学者の「狂気」と「暴力」が隠蔽、抑圧され、さらに文壇も論壇もアカデミズムも液状化したのだった。
ポスト・モダン派の評論家や学者たちによって、たとえば柄谷行人蓮實重彦浅田彰渡部直己・・・等によって、
中上健次神格化」が行われ、その結果、中上健次という「思想の土着化」(被差別部落出身)を生きた文学者の「狂気」と「暴力」と「怨念」が隠蔽、抑圧され、さらに、それと並行して、文壇も論壇もアカデミズムも、地盤沈下し、液状化したのだった。

(続く)




👈応援クリックよろしくお願いします! (この記事の続きは、「イデオロギーから存在論へ」「文学や哲学を知らずして政治や経済、軍事をかたるなかれ」がモットーの『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!メルマガ『週刊・山崎行太郎』(月500円)でお読みください。登録はコチラから→http://www.mag2.com/m/0001151310.html

下記のブックマーク(+B)、TwitterFacebook(シェア)もよろしくお願いします。山崎行太郎への緊急連絡(レポート)は、メールか携帯でお願いします。
メール=yama31517@gmail.com。携帯ー090-6007-0726。