哲学者=山崎行太郎ブログ『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。元・東工大講師、元・埼玉大学講師。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『それでも私は小沢一郎を断固支持する』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『柄谷行人とヘーゲルとマルクス』など。緊急連絡(レポート)は、メールフォームからお願いします。➡︎https://ws.formzu.net/fgen/S49964599

何故、「桜井誠」なのか。実は、私は、安田浩一の『ネットと愛国』を読むまでは、「桜井誠」に興味も関心もなかった。むしろ批判的、否定的に見ていた。安田浩一の『ネットと愛国』を立ち読みしている時、安田浩一に対して、激しい「怒り」を感じてきた。安田浩一の左翼市民主義的な「正義の味方」的な傲慢な文体が、私を刺激した。

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何故、「桜井誠」なのか。実は、私は、安田浩一の『ネットと愛国』を読むまでは、「桜井誠」に興味も関心もなかった。むしろ批判的、否定的に見ていた。安田浩一の『ネットと愛国』を立ち読みしている時、安田浩一に対して、言いようのない「嫌悪感」と激しい「怒り」を感じてきた。安田浩一の左翼市民主義的な「正義の味方」的な傲慢な文体が、私を刺激した。「自分たちだけが正しい」と思い上がった左翼市民主義的な文体への嫌悪と怒りである。


私は、高校生の時、大江健三郎の初期小説を読んだ頃を思い出した。大江健三郎の小説は、アルバイト学生と山奥の田舎の少年の複雑な心情を描いていた。私は、初めて、小説というものの力と恐ろしさを知った。小説というものが、「生きるか、死ぬか」という実存的な問題を主題にしているということを、大江健三郎の初期小説を読むことで知った。当時、大江健三郎は東大生だった。しかし、東大生の虚勢や奢りは、そこにはなかった。大江健三郎は、自分の存在の原点を描いていた。私は、そこに深く感動した。


東大生作家・大江健三郎が描いたのは、田舎の貧しい少年たちの不安と絶望と怒りだった。大江健三郎は、愛媛県の、辺境の田舎の村、「大瀬村」の出身だった。しかも大江健三郎は、父親を早くに亡くした母子家庭育ちだった。生まれ育った大瀬村を脱出し、愛媛県一の進学校・松山東高校から東大に進学した大江健三郎は、自分の存在の原点とも言うべき、その「出所来歴」を、隠せば隠せたであろう。山奥の田舎のことなど、忘れたフリをして、綺麗事を言えば言えただろう。しかし大江健三郎は隠さなかった。大江健三郎は、逆にそこに(田舎の少年時代)こだわった。


さて、私が、安田浩一の『ネットと愛国』の文体に嫌悪感と怒りを感じたのは、「朝鮮人差別」というタブーを盾にとって、桜井誠という、貧しい 、不幸な家庭に育った青年を、その出身地(福岡県北九州)まで現地取材して、その貧しさと不幸を、愚弄・侮蔑するするかのように、上から目線で描き出している点だった。ところが、私は、逆に、そこで初めて「桜井誠」を見直した。「桜井誠」こそ、現代日本人では珍しくなった本物の思想家、運動家、革命家ではないのか、と。



『ネットと愛国』は、講談社から刊行され、「講談社ノンフィクション賞」まで受賞し、文庫化されている。恐らく、東京在住の「左翼文化人たち」からは、その「正義の味方」的な、偽善的言説が大歓迎されたのだろう。しかし、私は、若い時から、「正義の味方」的言説や偽善的言説が好きではない。私が、左翼や進歩的インテリが嫌いなのは、「正義の味方」的言説には、多くの場合、自己欺瞞が伴っているからである。安田浩一の言説にも、その種の自己欺瞞がある。私が、安田浩一の『ネットと愛国』の文体に嫌悪感と怒りを感じたのは、そこに理由がある。

(続く)





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