哲学者=山崎行太郎のBlog『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。元・東工大講師、元・埼玉大学講師。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『それでも私は小沢一郎を断固支持する』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『柄谷行人とヘーゲルとマルクス』など。緊急連絡(レポート)は、メールフォームからお願いします。➡︎https://ws.formzu.net/fgen/S49964599

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坪内隆彦著『GHQが恐れた崎門学』を読む(2)---江戸時代の「志士たち」の魂を揺さぶった浅見絅斎の『靖献遺言』その他。


坪内隆彦の新著『GHQが恐れた崎門学』なる本を読んでいる。そして、その中で紹介されている五冊の思想書に興味を持った。特に浅見絅斎の『靖献遺言』。本のなまえは知っていたが、読んだことはなかった。『靖献遺言』なる江戸時代の思想書には、いったい、何が書かれているのか?「思想家や文学者の価値は、その生き方によって決まる」というのが、私の自論だが、「思想家の生き方」を記したのが浅見絅斎の『靖献遺言』だ。


『靖献遺言』は、浅見絅斎が1687年(貞享四)に書いた書物で、中国の古典的な「忠孝義烈」の英雄たちを題材に、「君の御為には、一身を捧げ奉らなければならないという道理」を、「空理空論」ではなく、「具体的な事実を通じて」説いたものである。


坪内はこう書いている。<< 浅見絅斎は貞享四(十六八七 )年に書き上げた書物で、勤皇の志士の聖典とまで呼ばれてきました。中国の忠孝義烈の士八人(屈平・諸葛亮文天祥・謝防得・劉因・方孝儒)の事績と、終焉に臨んで発せられた忠魂義胆の声を収めています。 >>


何故、中国の「忠義」の志士たちの話なのか。何故、日本の志士たちの話ではないのか。それは、弾圧や出版妨害を恐れたからだ。つまり、山崎闇斎や浅見絅斎等が、弟子たちに厳しく説いたのは、知識や教養ではなく、あくまでも実践行動を目指す危険な政治哲学だった。


「大義を貫くために、生命の危機に耐えて全く屈さなかった義烈の志」の生き方を、古代中国の英雄的人物たちの実例を挙げながら説いている。その結果、絶えず、幕府側から監視・警戒されることになった。


坪内隆彦は、こう書いている。<<『靖献遺言』が、君のためには一身を捧げ奉らなければならないという道理、つまり君臣の大義を実例で示し、その実践を求める書であるとすれば、そこから皇政復古のための実践が導き出されるのは当然です。>>



「思想家の評価は生き方で決まる」というのが私の持論だが、本書『GHQが恐れた崎門学』が、まさにそういう「生き方の実践哲学」を説いた書である。しかし、むろん、「思想家の生き方を問う」ということは「理論的側面」を疎かにするということではない。むしろ逆である。



「思想家の生き方」を重視するということと、「理論」の先鋭化は、矛盾しない。理論はすぐそのまま自分の人生に直結するのだから、疎かにできるはずがない。理論的にも先鋭化し、過激化するのは当然だろう。生活と思想は別だという考え方を、私は信用しない。


たとえば、新聞記者や大学教授のように、大会社や大学組織に「生活」を保証された思想家や文学者を、私は信用しない。そういう思想家は、弾圧や死の恐怖を超えてまでも、「思想をつらぬく」ということは不可能だ。


(続く)










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