哲学者=山崎行太郎ブログ『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。元・東工大講師、元・埼玉大学講師。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『それでも私は小沢一郎を断固支持する』『保守論壇亡国論』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『ネット右翼亡国論』『佐藤優対談集』『柄谷行人とヘーゲルとマルクス』など。緊急連絡(レポート)は、メールフォームからお願いします。➡︎https://ws.formzu.net/fgen/S49964599

琉球新報と私。 琉球新報の「『沖縄ヘイト』の底流にあるもの」という連載企画で、コラムを書きました。ヘイトスピーチ論ですが、私は、ヘイトスピーチを批判すると同時に擁護しています。ヘイトスピーチを、ポリティカル・コレクトネスの観点から素朴に批判しても無意味である。ヘイトスピーチは、たとえ「悪」と批判されようが、それが、日本人の「超自我」となり、深く国民感情にまでなっている以上、単純には否定も論破も出来ない。それを批判し否定し論破するためには、それ相当の思想的深さと覚悟が必要だ。今の左派論壇にはそれはない。


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琉球新報と私。
琉球新報の「『沖縄ヘイト』の底流にあるもの」という連載企画で、コラムを書きました。ヘイトスピーチ論ですが、私は、ヘイトスピーチを批判すると同時に擁護しています。ヘイトスピーチを、ポリティカル・コレクトネスの観点から素朴に批判しても無意味である。



ヘイトスピーチ、あるいはヘイトスピーチ的なものとは、たとえ「悪」と批判されようが、それが、日本人の「超自我」となり、深く国民感情にまでなっている以上、単純には否定も論破も出来ない。それを批判し否定し論破するためには、それ相当の思想的深さと覚悟が必要だ。しかし、今の左派論壇にはそれはない。


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ヘイトスピーチ超自我国民感情
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ヘイトスピーチという問題が深刻になっている。「朝鮮人は帰れ」「朝鮮人は死ね」というようなものから、最近は、沖縄の米軍基地移設問題にまで波及し、「反米基地抗議行動の参加者は中国の工作員」とか「抗議行動参加者には金銭が支払われている」というようなものまで、ある。
最近のヘイトスピーチは、明らかに異常である。当然、許されるべきことではない。しかし、そうだからと言って、警察権力や法律を適用することによって取り締まることには、私は、反対である。以下に、私論を述べたい。

私見によれば、ヘイトスピーチは思想問題である。だから、批判するにせよ、肯定するにせよ、思想的レベルで対応すべきだと思う。
 ヘイトスピーチの起源は、保守論壇の沈滞と劣化、陳腐化にある。それまで保守論壇を支えてきた小林秀雄福田恒存三島由紀夫江藤淳等が、保守論壇から去ると、その後の空白地帯に、その間隙をぬうようにして登場してきた櫻井よしこ西部邁西尾幹二小林よしのり等、二流・三流の思想家やジャーナリスト、漫画家が、保守論壇を劣化させ、陳腐化させた。そして、劣化に劣化を重ねるうちに、そのあげくに、保守論壇は、今やヘイトスピーチネット右翼が横行する最低・最悪のレベルの思想的世界へと堕落してきた、というわけである。

しかし、保守論壇がかくも劣化し、幼児化したのは、保守論壇だけに責任があるわけではない。実は、保守論壇の劣化と陳腐化は、左翼論壇や左翼ジャーナリズムの劣化、沈滞化と連動してている。左翼論壇で惰眠をむさぼってきた左翼言論人の劣化もまたひどいと言わなければならない。
  最近のヘイトスピーチ問題が、迷走し、混迷に陥っているのは、ヘイトスピーチを批判し否定する側にも、つまり「ポリティカル・コレクトネス」(政治的正義)に凝り固まった「左翼」側にも問題がある、と私は考える。あまりにも単純素朴なレベルで、ヘイトスピーチを批判し、否定しているからだ。ヘイトスピーチは、思想的には低俗だが、左翼側の言論人が考えるように、そんなに単純なものだろか。
 左翼言論人は、ヘイトスピーチを論破できていないだけではなく、それを正当に理解もしていない。つまり、私見によれば、今、問われているのは、ヘイトスピーチの「存在論的必然性」という問題を、左翼側が、理解していないという点にある。
「一寸の虫にも五分の魂」というが、ヘイトスピーチにも「五分の魂」はある。つまり、ヘイトスピーチには、ある種の「思想的根拠」も「思想的必然性」もあるということである。
私は、近刊予定の『ネット右翼亡国論』という著書で、「ヘイトスピーチ」や「ネット右翼」について論じている。内容は「ネット右翼」の批判であると同時に「ネット右翼」の擁護である。私は、「ネット右翼」の中心人物の一人である「桜井誠」を、その出身地や亡母の経営していたスナックにまで取材し、侮蔑的論調で批判した『ネットと愛国』と、それを書いた「安田浩一」を徹底批判した。あまりにも思想的に低次元の差別的批判だったからだ。
何故、「ネット右翼」を擁護するのか。私は、「ネット右翼」や「ヘイトスピーチ」を単純に批判できないと思う。それは、近代日本が経験した急速な近代化と、その結果としての戦争と敗戦という日本民族や日本国家の根幹に関わる内在的な問題をはらんでいる。
 柄谷行人は、『憲法の無意識』で、戦後の平和憲法が、現在まで改正されることなく守られてきたのは、「もう戦争は二度としたくない」という「無意識の罪悪感」化した国民感情があり、その国民感情は後期フロイトの言う「超自我」化している、と言っている。それ故、長いこと保守勢力によって憲法改正が叫ばれてきて、国会の議席憲法改正可能な「三分の二」に達したにもかかわらず、改正できないのだ、と。

私は、ヘイトスピーチにも同じ様なことが言えるのではないかと思っている。ヘイトスピーチも、フロイド的「超自我」の問題と無縁ではない。
たとえば、韓国や中国を対象にしたヘイトスピーチは、明らかに「民族差別」である。「民族差別反対」という見地から批判し否定することはできる。しかし、そういう正論を繰り返すだけでは、問題は解決しない。
 なぜなら、そこには、日本民族や日本国家の「戦争」と「敗戦」の記憶が絡んでいる。つまり、日本民族の「集合的無意識」と化した「敗戦」という深い民族的コンプレックス(超自我)が複雑に絡んでいる。
 沖縄の米軍基地追放運動にも、フロイド的「超自我」の問題があると私は考える。沖縄県民だけでなく、沖縄県民を含む日本国民の多くの心の奥に、左翼や右翼・保守とは関係なく「反米軍感情」がある。私は、ここを重視すべきだと考える。反米軍基地闘争は、日本国民の「超自我」化した国民感情を無視した左翼的なポリティカル・コレクトネスだけでは、なんら解決も進展もないだろう。単に、儀式としての反対運動で終わるだろう。
 また私は、余計なお世話かもしれないが、沖縄県民は、安易に本土の日本人に、つまり「本土の左翼」に依存するべきではないと考える。こと、ここに至った以上、苦しいが、沖縄米軍基地問題沖縄県民が立ち上がるしかないと考える。それが沖縄のアイデンティティーであり、沖縄の自己決定権ということになると思う。

(続く)



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