哲学者=山崎行太郎ブログ『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。元・東工大講師、元・埼玉大学講師。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『それでも私は小沢一郎を断固支持する』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『柄谷行人とヘーゲルとマルクス』など。緊急連絡(レポート)は、メールフォームからお願いします。➡︎https://ws.formzu.net/fgen/S49964599

私の人生の導き手であった、尊敬する兄、仏淵浩(ほとけぶち・ひろし)が、昨夜、遂に息を引き取りました。わずか3歳しかはなれていなかったにもかかわらず、小さい時から父親のような存在でした。高校進学も大学進学も、私は、この兄の跡を追いました。この兄がなければ、現在の私はないと思います。

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私の人生の導き手であった、尊敬する兄、仏淵浩(ほとけぶち・ひろし)が、昨夜、遂に息を引き取りました。わずか3歳しかはなれていなかったにもかかわらず、小さい時から父親のような存在でした。高校進学も大学進学も、私は、この兄の跡を追いました。この兄がなければ、現在の私はないと思います。


兄は、私の手を握りながら逝きました。連休最後の日でした。兄の最期を看取ることが出来たことを想うと感無量です。いずれ、 私も、そしてすべての人間が行かねばならない道です。存原業平の「ついに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思わざりしを」を思い出しているところです。

私たちは、鹿児島県薩摩半島の山奥の寒村で生まれました。兄は、何事にも真剣に取り組み、小さい時から、スポークも勉学も、常に一番を目指して努力する人でした。何事にも積極果敢に取り組み、泣き言を言わず、新開地を次々に斬り開き、二人の弟を導いてくれました。


小さい時から野球少年でした。父に買ってもらった新しいグローブとミットが自慢で、家の壁に穴があくまで、毎日のようにキャッチボールをやりました。中学にはいると野球部に入り、キャッチヤーをやっていました。私たちは、日曜日になると、家族総出で応援に行きました。兄は、野球だけでなく、マラソンでも才能を発揮し、学校代表で、駅伝競争にも選ばれて出場しました。



野球もマラソンも、あまり才能はなかったようで、早々に見切りをつけ、引き止めるのも聞かず、鹿児島市内の中学に、単身で転校し、下宿しながら勉学に励むようになりました。そして鹿児島県鶴丸高校に進学。大学は早稲田大学理工学部に進みました。


小さい頃から、私の自慢の兄でした。最後に 、iPhoneで、兄の青春の思い出がいっぱい詰まった早稲田大学校歌「都の西北」の歌声を聴かせせてあげました。名もない、平凡な生涯を終えましたが 、私にとっては、かけがえのない人でした。


真ん中が長兄(仏淵浩)です。
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(続く)





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月刊日本 2017年 03 月号 [雑誌]

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