山崎行太郎(哲学者、文芸評論家)-Blog『毒蛇山荘日記』

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安倍政権は「ネット右翼政権」である。『ネット右翼亡国論』序文より。〜〜〜(下へ続く。本文を読みたい人は、ここをクリック。)

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ネット右翼亡国論』

■序文ー「ネットA」と「ネット右翼B」

 「ネツト右翼」という言葉がある。現代日本の政治や文化、思想、学問・・・を象徴する言葉の一つである。しかし、この「ネツト右翼」という言葉は、今では、「ヘイトスピーチ」や「偏狭的ナショナリズム」「民族差別」などとともに否定すべき、嫌悪すべき言葉であると見なされている。「ネツト右翼」と聞いただけで嫌悪感をもよおし、失笑する人も少なくないだろう。

 そういう場合、「ネット右翼」という言葉は、無知蒙昧な「低学歴」「低所得者層」「非エリート層」「負け組」「反社会的」というイメージとともに連想されているかもしれない。あるいは反合理主義、反実証性、陰謀論論・・・。たとえば、悪名高い「在特会」(「在日特権を許さない会」)のリーダーで、前会長の桜井誠

 安田浩一の『ネットと愛国』によれば、桜井誠は、北九州のさびれた旧炭坑町に生まれ、貧しい母子家庭で、不遇な少年時代を過ごし、高卒後上京、定職もないままに、数年間放浪したあげく、民族差別デモやヘイトスピーチを繰り返す「ネット右翼活動家」として社会的に登場してきたということになっている。安田浩一は、桜井誠を、典型的な「ネツト右翼」であり、反社会的な危険人物だと言いたいように見える。

 しかし、はたして、そうだろうか。私は、そうは思わない。私は、安田浩一の『ネットと愛国』を読んで、怒りのようなものを感じた。そこには、不遇な生い立ちの人間への冒涜があり、土着的・存在論思想への冒涜がある、と。私は、逆に、芥川賞作家の中上健次を思い出した。少なくとも、芥川賞作家になるまでの中上健次の前歴と生活環境は、桜井誠のそれとさほど変わらないように、私には思える。

 中上健次桜井誠の違いは何処にあるか。それは、ネット・メディアの存在だろう。中上健次は、1992年、ネット・メディアを知らないままで逝った。私は、中上健次が亡くなったとき、追悼の短い中上健次論を『海燕』という文芸誌に書いたが、その時は、私自身、まだ「ワープロ」を使い始めた頃で、ほぼ「手書き」だった。その後、ネット・メディア革命と言うべき情報革命が起きた。ブログやツィッタースマートフォンなどによるネットの大衆化である。このネット・メディア革命なくして、「ネツト右翼」はありえない。

 そもそも、「ネツト右翼」という言葉には、複雑で、難解な、歴史的・思想的意味が隠されている。「ネット右翼」や「ネット右翼現象」が、パソコン、あるいはネット・メディアの登場とともに出現したという歴史からもわかるように、「ネット右翼」は、新聞、テレビ、雑誌などの大手メディア中心の「一方通行的メディア」から、誰もが情報発信できる「双方向的メディア」としてのネット・メディアへの転換期、つまり一種の「文化革命」の時代に出現した社会現象である。

 そこには「大衆の叛乱」「民衆の叛乱」「読者・視聴者の叛乱」という要素が隠されている。言い換えれば、伝統的な知的リーダーとしての「学者・知識人の没落」、あるいは「新聞、テレビ、大学の地盤沈下」という要素が隠されている。この歴史的背景を忘れて、「ネット右翼」の無知蒙昧を、高見の見地から批判し、激しく罵倒しても無駄である。

 

東浩紀は、『ゲーム的リアリズムの誕生』で、このメディア革命について、こう書いている。<< ここで導入しておきたいのが、「コンテンツ志向メディア」と「コミュニケーション志向メディアという大きな分割の発想である。

この二つは筆者の造語である。「コンテンツ志向メディア」は、能動的な送信者(作者や企業)と受動的な受信者(読者や視聴者)の非対称性で特徴づけられる、一方的なメディアを指している。前世紀から存在するほとんどのマスメディア、出版、ラジオ、テレビ、映画、CDなどが、この分類に属する。このタイプのメディアでは、コンテンツは送信者の側で作り上げられ、読者や視聴者はそこに介入できない。したがって、このメディアは、ひとつの始まりがあってひとつの終わりがある。単一の時間的継起をもったコンテンツの配信に適している。物語はその典型である。

他方で、「コミュニケーション志向メディア」は、送信者と受信者のあいだに非対称性がない、いわゆる双方向的なメディアを指している。ゲーム(コンピュター・ゲームと限らない)とインターネットが例として挙げられる。このメディアにおいては、コンテンツは送信者の側で作られているだけではない。受信者、すなわちゲームユーザーやネットワーカーも、コンテンツに干渉できる。この縦イブのメディアは、つねにコンテンツの変更の可能性を残してしまうため、ひとつの始まりがあってひとつの終わりがある、単一の時間的継起をもったコンテンツの配信に適さない。すなわち、物語の配信に適さない。 >>

東浩紀の分析は鋭い。この文章に、「ネット右翼現象」の秘密が隠されていると見て間違いない。東浩紀は、「物語」や「ゲーム」を中心にメディア革命の状況を論じているが、ここでは、より普遍的な文化革命の実態究明がなされている。

東浩紀は、「コンテンツ志向メディア」と「コミュニケーション志向メディア」に分類しているが、これを、もっとわかりやすく言い換えると、「一方通行的メディア」と「双方向的メディア」ということができる。

つまり、双方向的メディア(ネット・メディア)の登場によって、一方通行的メディアとしてのマスコミやマスコミに依存し寄生するジャーナリスト、文化人、大学教授的知識人等の存在意義が疑われ始めているということである。そこに、ネットやネット動画などの双方向的メディアを駆使して登場してきたのが「ネット右翼」である。

ネットの書き込みは、「便所の落書き」にすぎないだとか、ネットは犯罪の温床だとか言われたことがあるが、それらのネット批判は、多くは、一方通行的メディア側の人間たちの、ネット社会の台頭への「不安」と「恐怖」、そして「嫉妬」や「悪あがき」にすぎなかった。現に、ネットの登場によって、新聞、テレビ、出版・・・などは衰退産業化しつつある。

ネット右翼」の登場も、善悪の問題ではない。それはもはや立ち戻ることのできない歴史的現実である。誤解を恐れずに言うならば、ヘーゲルが、ナポレオンのドイツ侵略を目前にして、「世界精神が歩いている」と言ったように、まさしく「ネット右翼」という「世界精神が歩いている」のである。



 私の考えでは、現代日本の思想状況を考える時、「ネツト右翼」が果たしている思想的意義は、決して小さくない。それを解明するのが本書である。

 要するに「ネツト右翼」という言葉を、多くの人たちと同様に、私も、長いこと、批判すべき、否定すべき言葉だと考えていた。だから、本書のタイトルも「ネット右翼亡国論」としたのであった。「ネツト右翼が国を滅ぼす」と。しかし、「ネツト右翼」という問題に真剣に取り組みはじめて、私の「ネツト右翼」論は大きく転換した。少なくとも、「ネツト右翼」には二つの大きな流れがあり、その一つは、肯定し、擁護すべきもののように見えてきた。



(続く)

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 佐藤優は、『知性とは何か』で、「反知性主義」が蔓延し始めていると分析して、その反知性主義が、学者や官僚、あるいは政権中枢の政治家たちにまで蔓延していることを指摘している。つまり、「反知性主義」は、低学歴、低収入・・・層に蔓延しているのではなく、高学歴、富裕層・・・にこそ蔓延している、と。私も同感である。佐藤優が「反知性主義」と呼ぶものと、私が「ネツト右翼」むと呼ぶものは、それほど異なるものではない。

 私は、安倍晋三麻生太郎等が中心になって構成している「安倍政権」を、典型的な「ネツト右翼政権」だと思っている。選挙で、どんなに支持されていようとも、私は、悪い意味で、「ネツト右翼」的な政治家たちや御用文化人たちによって支えられている政権が安倍政権だと思っている。

 たとえば、副首相で財務大臣麻生太郎は、「憲法改正ナチスに学べ」というような意味不明の、不可解な発言を、平気でおこなっている。こういう発言が、どういう社会的、政治的意味を持つかを、麻生太郎本人が自覚していないということであろう。麻生太郎は、おそらく、ナチスヒットラーに関しても、まともに勉強しているわけではなく、ネット情報をうまみにしたような、薄っぺらな知識しか持っていないということだろう。 

 安倍政権の応援団の一人である作家の百田尚樹は、沖縄の米軍基地の辺野古移設に反対する沖縄の新聞二紙について、「つぶさないかん」と、自民党の若手議員の勉強会で発言している。非公開の勉強会とはいえ、国会の周辺で、言論弾圧を公言するような「大衆作家」を、勉強会に呼ぶのが安倍政権の若手政治家たちの思想的、政治的レベルである。そもそも、百田尚樹のような二流作家が支持し、支援する安倍政権は、まともな政権とは、私には思えない。つまり。麻生太郎百田尚樹が象徴するのは、悪しき「ネツト右翼」である。

 それに対して、「在特会」の桜井誠等が象徴する「ネツト右翼」は、少し違うと私は思う。私は、安倍晋三麻生太郎、あるいは百田尚樹等が象徴する「ネツト右翼」と桜井誠等の「ネツト右翼」を区別して考える。

 私は、安倍晋三麻生太郎、あるいは百田尚樹等が象徴する「ネツト右翼」を「ネット右翼A」と呼ぶ。それに対して、桜井誠等が象徴する「ネツト右翼」を「ネット右翼B」と呼び、区別する。

 私は、そういう肯定し、擁護すべき「ネツト右翼」を、「存在論的ネツト右翼」と呼びたい。「存在論的ネツト右翼」とは、内発的、土着的、創造的な「ネツト右翼」のことである。たしかに「ネツト右翼」は、反知性主義的、反合理的、反社会的要素を内包しているかもしれない。しかし、少なくとも、我が国では、「ネツト右翼」は、地に足の着いた思想運動を象徴する言葉でもある。私が注目するのは、この「地に足の着いた思想運動」という点である。私は、「地に足の着いた思想運動」のことを、「思想の土着化」と呼ぶことにする。土着化された思想というほどの意味である。言い換えれば、「思想の存在論化」、あるいは「思想の血肉化」「思想の内在化」と言い換えることも出来る。

 

 丸山眞男は、古典的名著『日本の思想』(岩波新書)で、日本の思想は、それぞれの時代に、すぐれた思想を生み出すが、しかしそれが日本の思想風土に定着することがない、そのために日本の思想は、創造的進展がないと批判している。

 何故だろうか。何故、優れた思想が産み出されるにもかかわらず、日本の思想風土に定着し、創造的発展をしていかないのか。それは、産み出される思想の多くが、「肉体化」「存在論化」、つまり「思想の土着化」がなされないからである。いつのは時代にも、多くの新しい思想や新しい思想運動が、いわゆる「知識」や「流行」に終わっているからである。

 私は、ひところ、隆盛をきわめた「ニューアカ」とか「ポスト・モダン」という思想も、単なる流行や知識や教養のレベルにとどまり、日本の思想風土に定着しないままで終わろうとしていると思っている。

 逆に言えば、東大大学院卒や京大大学院卒のエリート学者たちやその予備群の若者たちが飛びつく「ニューアカ」とか「ポスト・モダン」という思想に比べれば、桜井誠的な「ネット右翼」は、日本の思想風土に定着しつつある、と私は思う。内容的に、どんなにその思想的レベルが低くとも、「ネツト右翼」という思想が、我が国の思想風土に深く浸透しつつあることは否定できない。

 

 繰り返すが、私は、「ネツト右翼」を、「ネット右翼A」、つまり「存在論的ネツト右翼」と、「ネット右翼B」つまり、「イデオロギー的ネツト右翼」に分けて考えたい。

 丸山眞男が批判する日本の思想は、「イデオロギー的ネツト右翼」の方であろう。「存在論的ネツト右翼」と「イデオロギー的ネツト右翼」の差異は何処にあるのか。本書のテーマの一つは、そこにある。

 吉本隆明は、『転向論』で、知識人の転向の原因は、「大衆からの孤立」であると言っている。「大衆からの孤立」とは何か。私見によれば、それは、「思想の土着化」が出来ていないということである。つまり、「思想の存在論化」「思想の内在化」が出来ていないということである。思想や学問が、知識や教養のレベルにとどまっているからである。

  《日本のインテリゲンチャがたどる思考の変換の経路は、典型的に二つあると、かんがえる。第一は、知識を身につけ、論理的な思考法をいくらかでも手に入れてくるにつれて、日本の社会が、理にあわないつまらぬものに視えてくる。そのため、思考の対象

として、日本の社会の実体は、まないたにのぼらなくなるのである。こういう理にあわないようにみえる日本の社会の劣悪な条件を、思考の上で離脱して、それが、インターナショナリズムと接合する所以であると錯誤するのである。》

 《この種の上昇型のインテリゲンチャが、見くびった日本的情況を(例えば天皇制を、家族制度を)、絶対に回避できない形で眼のまえにつきつけられたとき、何がおこるか。かつて離脱したと信じたその理に合わぬ現実が、いわば、本格的思考の対象として一度も対決されなかったことに気付くのである。このときに生まれる盲点は、理に合わぬ、つまらないものとしてみえた日本的な情況が、それなりに自足したものとして存在するものだという認識によって示される。》 (「転向論」)

 

  吉本隆明が「大衆からの孤立」ということは、「日本的情況からの孤立」でもある。

  私は、逆に「ネツト右翼」は大衆から孤立していないと考える。大衆の「集合的無意識」を体現しているのが「ネット右翼」である。「ネツト右翼」の思想的リアリティーは、そこにある。私が、「存在論的ネツト右翼」と呼ぶのは、そういう「ネツト右翼」であり、私が「ネット右翼」を擁護したいと思うのは、そういう理由からである。

 小林秀雄は、戦時中、「国民は黙って事変に処した・・・」と言っている。何故、日本の国民は、事変や戦争に抵抗したり反対したりせずに、「黙って事変に処した」のか。「黙って事変に処した国民」とは何か。無知蒙昧な大衆ということか。私の考えでは、「思想の土着化」「思想の存在論化」「思想の内在化」が出来ている国民ということである。

 小林秀雄は、戦後、「国民は黙って事変に処した・・・」に関連して、次のような発言をしている。

《僕は政治的には無知な一国民として事変に処した。黙つて処した。それについて今は何の後悔もしていない。僕は歴史の必然性といふものを、もつと恐ろしいものと考へている。僕は無知だから反省なぞしない。利口な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか。》(「コメディ・リテレール」)


 小林秀雄のこの「居直り発言」(?)を、どう受け止めるかは、読者の自由であろうが、少なくとも小林秀雄が、吉本隆明の言う「大衆からの孤立」はしていないことは明らかだろう。

 小林秀雄は、日本国民という大衆の「集合的無意識」とともに思考している。たから、事変が起ころうと戦争が起ころうとジタバタしないで、黙って事変に処すことが出来たということだろう。私は、現代の「存在論的ネツト右翼」(「「ネット右翼B」」)がそれにあたると考える。

 同じようなむことを、ハイデガーは、「森の農夫」を例にこういうことを言っている。森の農夫は、「森とは何か」を考えない、「森が何であるかを考えるまでもなく、身体で知っているからだ」と。都会人は、森を知らないが故に、「森とは何か」を、考えようとする、と。私見によれば、ハイデガーが言っていることは、「思想の土着化」「思想の存在論化」・・・ということである。

  たとえば、哲学者・広松渉と哲学研究者・熊野純彦のという現代日本の知性を代表する師弟関係を考えてみたい。もちろん、熊野純彦は、広松渉の弟子で、東大教授である。二人とも、有名な「哲学者」として知られている。広松渉は『マルクス主義の成立過程、』や『存在と意味』で知られ、熊野純彦ハイデガーの『存在と時間』、カントの『純粋理性批判』などの翻訳者として知られている。いずれも「東大教授」を勤めている。

 しかし、二人の間には、微妙な、且つ本質的な差異がある。つまり、広松渉は、あくまでも「革命」をめざす実践的な哲学者だったが、熊野純彦は、あくまでも研究者という立場を重視する、いわゆる「哲学研究者」だった。広松渉熊野純彦は、一見、同じような「哲学者」であるように見える。だが、二人の間に、「哲学者」と「哲学研究者」の差異があることは否定しようがない。たとえば、廣松渉は、晩年、最後の力をふりしぼって、左翼政治集会を開催し、そこに、弟子の熊野純彦(当時、北海道大学教授)の参加をも期待していた。しかし、熊野純彦は、そこに現れなかった。熊野純彦は、こう回想している。

≪同じ年「フォーラム90s」が発足し、廣松渉はそれにさきだち、準備のために奔走している。五月に大会が開催され、さまざまな傾向をもった研究者、党派の新旧の関係者が一堂に会した。その日、廣松は、私(註ー熊野純彦)の姿をさがしていたという。「クマノはきっと来てくれる」と周囲に語っていたよしである。廣松が逝ってしまってから、忽那敬三からおしえられた。大会の案内はきていたが、私は参加しなかった。(中略)率直にいって私には、廣松のこころみが、<政治>をめぐる危うげで理解が困難なアンガジュマンにしか見えなかった。にもかかわらず、忽那から後日耳にした廣松のことばが、いまでもなお、こころのどこかでわだかまっている。≫

(熊野純彦『戦後思想の一断面、哲学者廣松渉の軌跡』)

廣松渉熊野純彦の差異はどこにあるのだろうか。そして、その差異は、思想的に、何を意味しているのだろうか。私は、ここにも「思想の土着化」を生きた哲学者と、「思想の土着化」を拒絶して、あくまでも研究者の立ち位置を崩さなかった哲学研究者の差異があると考える。

 たとえば、佐藤優は、この話を紹介した後で、こう書いている。

≪しかし、客観的には負けが明らかな情況であっても、それにあえて参与するというのが廣松型政治の美学だったのである。廣松にとって左翼運動とは、結果を追求する政治運動ではなく、「虎は死しても皮を残す」という類の正義運動だったのかもしれない。廣松は、アカデミズムの中で育てた弟子の中に、正義運動においても最後まで自らと行動を共にする友が欲しかったのであろう。熊野もそのことはわかっていた。しかし、どうしても師についていくことができなかったてのである。≫

 繰り返して言うが、この差異は、私が言う「思想の土着化」、あるいは「思想の存在論化」「思想の内面化」という問題と深くかかわっている。つまり「思想家の生き方」という問題にかかわっている。この差異は、「ネット右翼A」と「ネット右翼B」の差異でもある。

私が、本書で明らかにしたいと思うのは、この「思想家の生き方」という問題である。

 私は、まず、「広松渉桜井誠」を比較して論じる。私の中では、意外かもしれないが、二人は似ている。似ているのは、「思想内容」や「思想体系」ではなく、「思想家の生き方」である。

 「ネツト右翼」の産みの親が、小林よしのりだという説がある。私は、そう思わないが、そう錯覚させるのは、それなりの理由があると思う。小林よしのりは、「マンガで政治を語る」というスタイルを確立し、若者たちに大きな影響を与えている。若者たちの政治的覚醒をもたらし、間接的に「ネツト右翼」の誕生を促したと言っていい。しかし、小林よしのりが「ネツト右翼」の産みの親というのは間違っている。桜井誠が強調するように、「ネツト右翼」は、ネットやブログ、ネット動画などを駆使して政治的主張や政治デモを、主体的に行う人種である。小林のりには、「読者の政治参加」「読者の主体的発言や行動」という問題意識はない。その意味で、小林よしのりは、「お説教文化人型」のイデオローグ、つまり「古典的知識人型」の、あるいは一方通行的メディアの時代の啓蒙主義的イデオローグにすぎない。

 後で、気づいたのであるが、広松渉桜井誠も、あるいし麻生太郎小林よしのりも、福岡県出身である。麻生太郎は東京生まれ東京育ちだろうが、麻生一族の本籍地も、麻生太郎の選挙区も、福岡県飯塚である。ちなみに、安倍晋三は、関門海峡で隔てられているとはいえ、すぐ隣の山口県下関である。北九州の対岸。

しかし、麻生太郎と同様に、安倍晋三下関で育ってはいない。 「思想の土着化」や「思想の存在論化」という見地から見れば、安倍晋三麻生太郎も根無し草であり、とても「思想の土着化」や「思想の存在論化」などはありえない。彼らが「ネツト右翼化」(「ネット右翼A」化)するのは当然である。