山崎行太郎(哲学者、文芸評論家)-Blog『毒蛇山荘日記』

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薩摩半島横断の巡礼の旅。昨日は久しぶりに晴天だったので、荒れ果てている毒蛇山荘の庭の手入れをした後、10時ごろ、隣町(枕崎市)にある両親と先祖の墓へ苦難の巡礼の旅へ。散歩がてら、徒歩で、難所のミノン峠を越え、サガヤマダケの中腹を縦断。小さい頃から父と母、そして兄たちと、正月とお盆に通った道だ。この道を通るたびに、「この道はいつか来た道〜〜」「ああそうだよ、お母様と、〜〜」という詩やメロディが浮かんでくる。歩きながら、スペイン、サンチャゴの巡礼の道を連想。この苦難の道を歩き続けることに意味がある 。歩いても

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薩摩半島横断の巡礼の旅。昨日は久しぶりに晴天だったので、荒れ果てている毒蛇山荘の庭の手入れをした後、10時ごろ、隣町(枕崎市)にある両親と先祖の墓へ。苦難の巡礼の旅へ。散歩がてら、徒歩で、難所のミノン峠を越え、サガヤマダケの中腹を縦断。小さい頃から父と母、そして兄たちと、正月とお盆に通った道だ。この道を通るたびに、私は感傷的になり、北原白秋の「この道」や童謡「みかんの花咲く頃」を思い出す。「この道はいつか来た道〜〜」「ああそうだよ、お母さまと、馬車で行ったよ〜〜」という詩やメロディが浮かんでくる。歩きながら、スペイン、サンチャゴの巡礼の道を連想。この苦難の道を歩き続けることに意味があるのだ、自分に語りかけつつ歩く 。歩いても歩いても着かない。心臓の鼓動が早くなる。足腰がフラフラになる頃、やっと、我が先祖の土地と墓地に到着。開聞岳東シナ海の海、そして知覧茶や枕崎茶で馴染みになりつつある、丘一面に広がる茶畑を眺めながら、ゆっくり歩いたので3時間もかかっている。かつて父方の先祖たち住み、豪邸(笑)があり、「一族郎党」で賑わっていた土地の賑わいも跡形もなく消え、杉林と竹林になっている。枕崎市別府〇〇番地。山崎集落。ここには平安鎌倉の時代から続く古色蒼然とした五輪塔群がある。僕の祖父が由来を書いた石碑も立っているのだが、草に埋もれて読むことも出来ない。墓に行くと、花も、相当に痛んで汚れている。墓掃除の後、線香に火をつけ、墓前に。ただ手をあわせるしかない。これまた、いつも思い出すのだが、中原中也の詩の一節が浮かんでくる。「お前は、何をして来たのだ、と吹き来たる風が言う〜〜」。帰りも歩くつもりだったが、ちょっと体力的になる無理そうだったので、バスで枕崎の町へ。バスが着いた枕崎駅は終着駅であり始発駅だそうだ。スーパーで「チヌの刺身」を買う。今夜の焼酎のおつまみ。ふたたびバスを乗り換え、毒蛇山荘へ。無事、帰還。帰宅早々に、隣にすむ後輩(日立製作所を定年退職後帰郷)が、「私が車で送って行ったのに」と言ってくれたが、「いや、そうじゃない。歩いて苦難の旅がしたかったのだよ。」と強がりを言う。明日は鹿児島へ。(続く)


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