山崎行太郎の『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『柄谷行人とヘーゲルとマルクス』など。緊急連絡(レポート)は➡︎https://ws.formzu.net/fgen/S49964599

●憲法論議の「空虚」と「廃墟」

憲法論議の「空虚」と「廃墟」。今日は、憲法記念日だったらしい。私は憲法論議に興味がないわけではない。しかし、憲法記念日に各所で繰り返される憲法論議には興味ない。特に、政治家やその周辺の政治評論家や応援団の「九条」をめぐる憲法論議には、まったく興味がない。多くは、受け売りの議論であり、どこかで聞いたことのある議論にすぎないからだ。今日も、その種の議論ばかりで、うんざりした。たとえば、文芸評論家・江藤淳に「憲法論」(『一九四六年憲法』)があるが、江藤の憲法論議には、「デジャビュー」的な感じがない。それは、江藤の提起する問題が新しい、危険な問題だからだ。江藤は、憲法の成立過程、憲法の形成過程を問うている。いわゆる「押しつけ憲法論」の実態分析だ。それはかなり刺激的だ。江藤の憲法論は、資料とデータに基づいている。もうかなり、昔の仕事だが、今、読み直しても、充分に刺激的だ。