山崎行太郎(哲学者、文芸評論家)-Blog『毒蛇山荘日記』

山崎行太郎へのメール→dokuhebi31517@yahoo.co.jp

戦争と平和のパラドクスーNHKの終戦特集番組を何本か見て、不愉快になり、最後は絶望的な気分になった。( 続く)

NHK終戦特集番組を何本か見て、不愉快になり、最後は絶望的な気分になった。タイトルはよく覚えていないが、『 ノモンハン事件ー責任なき戦争』とか『 NHKアナウンサー小野文惠の祖父の フイリピン戦線』『漁師たちの戦争 』『 忘れられた原爆被災者の島』など・・・。ほぼ全部が、戦後民主主義敵な反戦平和主義のイデオロギーで洗脳された『 戦争=悪』と『平和=善 』という紋切り型の番組だった。そして、被害者が可哀想という被害者の視点から戦争を批判的に描いている。そういう単純明快な図式的思考で、戦争も平和も語れるはずがないのだが。 私は、高校時代から小林秀雄大江健三郎江藤淳を、あるいはサルトルドストエフスキーニーチェを愛読してきたから、反戦平和主義のイデオロギーが大嫌いであった。小林秀雄大江健三郎江藤淳も、そんな単純な思考をしていなかった。ドストエフスキーに至っては「 戦争は文明の母である」「 平和は人間を堕落させる 」と言っている。だから、人間という存在を、単純化して幼稚な動物としてしか考えていない、反戦平和主義や平和運動ヒューマニズムが、嫌いであった。 私は、人間という存在の本質は、高校時代から、「 みんな、戦争が大好き」というところにあると確信していた。 そもそも、戦前の日本で、戦争に反対した人が何人いたのか?誰と誰が戦争に反対したのか?大東亜戦争が、惨めな負け戦で終わると、NHKの番組がそうであるように、みんなが戦争に反対だったと言い出した。大嘘である。NHKの番組が、空疎でつまらないのは、嘘つきが、嘘と知りつつ、嘘に嘘を重ねた番組だからだ。 大江健三郎の初期長編小説に『 遅れて来た青年』という作品があった。「 遅れて来た」とはどういうことか。戦争の時代に「 間に合わなかった」ということである。つまり、「 ヒーローになれる戦争」の時代に「 遅れた 」ということだ。大江健三郎は、反戦平和主義の旗手である。その大江健三郎が「遅れて来た 」という複雑で、根底的な人間認識を持っているのだ。だから、大江健三郎ノーベル賞が受賞できたのだ。村上春樹にはそういう深い人間認識がない。

f:id:yamazakikotaro:20180819174448j:plain f:id:yamazakikotaro:20180819174208j:plain