山崎行太郎(哲学者、文芸評論家)-Blog『毒蛇山荘日記』

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小谷野敦『江藤淳と大江健三郎 』(ちくま文庫 )を読む。本書の著者・小谷野敦には、根深い学歴コンプレックスがあるようだ。自分は、最高学歴である東大大学院修了の博士にも関わらず、世間が認めてくてないというコンプレックスである。( 続く)

小谷野敦江藤淳大江健三郎 』(ちくま文庫 )を読む。本書の著者・小谷野敦には、根深い学歴コンプレックスがあるようだ。自分は、最高学歴である東大大学院修了の博士にも関わらず、世間が認めてくてないというコンプレックスである。

小谷野敦の『江藤淳大江健三郎 』が文庫化されたので、読んだ。以前は、立ち読みしただけで、不愉快な書物なので、わざわざ買い求める必要もないと判断し、買うのも読むのもやめた。今回、文庫化されたと言うので、買い求め、じっくり読んでみたが、やはり文学的価値ゼロの不愉快な書物だった。本書の著者・小谷野敦には、根深い学歴コンプレックスがあるようだ。自分は、最高学歴である東大大学院修了の博士にも関わらず、世間が認めてくてないというコンプレックスである。江藤淳なんて、東大に落ちて、私大の慶應義塾大学に行かざるをえなかっような劣等性のはずが、何故、文壇のスターとしての『 江藤淳 』として持て囃されて、しかも東工大教授、慶應義塾大学教授、大正大学教授・・・というように、学者としてもそれなりに高く評価されているのが許せないという強迫観念。この本をパラパラと読んで、小谷野敦の学歴コンプレックスの根深さに驚かざるをえなかった。小谷野敦は東大大学院修了の博士であるにもかかわらず、『教授 』にはなれていない。小説も書いているが、まともに評価されていない。小谷野の学歴コンプレックスは、有能な文学者へのコンプレックスであると思われる。しかも、小谷野敦には、『 慶應コンプレックス 』があるようだ。恐らく、江藤淳早稲田大学卒だったら、事情は違っただろう。たとえば、秋山駿という文芸評論家は、江藤淳と同世代の有名な文芸評論家で、長く東京農工大教授をしていたが、それほど華々しくはなかったカラかもしれないが、小谷野敦の眼中にはないようだ。要するに、この『 江藤淳大江健三郎』という本には、ミーハー的な、下世話な、「 有名人へのジェラシー」があり、それが本書の主題であるように見える。私が、江藤淳にも大江健三郎にも深い影響を受けていて、この種の本ならすぐ買い求めるのだが、立ち読みしただけで、不愉快な、下品な書物だと判断して、無視した理由もそこにある。要するに、文学的問題も、思想的問題も、この書物にはない。私見によれば、私生活上の暴露を楽しむ「 下ネタ的本」でしかない。その種の書物に興味のある読者には受けるかもしれないが、私は興味無い。小谷野敦の代表作は『 もてない男』だが、小谷野敦という場末の無名作家が、何故、場末の無名作家でしかないかを象徴する作品だと思う。( 続く)