山崎行太郎の『毒蛇山荘日記』

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ドストエフスキー論の一夜(2)。毒蛇山荘の一夜。清水正教授との一夜。( 続く)

ドストエフスキーの一夜。毒蛇山荘の一夜。清水教授との一夜。

清水正日大芸術学部教授が、今年で定年を迎えるらしい。私は関心はないが、大学関係者にとっては、定年=退官という儀式は重要な節目になるものなのだろう。というわけで、11/23(金)に 、『 清水正先生ドストエフスキー論執筆50周年大感謝祭』という 、ロシアのペテルブルクと日大芸術学部江古田キャンパスにまたがる 、「大イベント」が企画されいるらしい。 清水正教授と山下聖美教授と私は、私が日大芸術学部に出講するようになって以来、ほぼ毎週、金曜に、江古田の某所で、「 金曜会」という呑み会と勉強会を続けてきた。今も続いている。夏休みやや春休みには、研究取材旅行と称して、ロシアのペテルブルグ、モスクワをはじめ、ベトナムホーチミン(旧サイゴン ) 、ダラット、メコン川。中国の大連、旅順。インドネシア。台湾。そして国内では、屋久島、桜島、熊本、伊豆大島伊香保志賀高原直江津、青森・・・というように、ドストエフスキー林芙美子らの足跡を訪ねる旅を続けてきた。人生の後半期に差し掛かっての貴重な時間だった。 そこでは政治問題や社会問題なども話すが 、もっぱら文学や哲学の話だった。ボケ防止にも役だったが、我々は常に真剣で、高校生のように燃えていた。だから、私の頭は、今も高校生時代の頃とほとんど変わらない。 私は、高校生時代、読書の楽しみを知った。それまで本を読む習慣はまったくなかった。それまでは、学校の国語教科書が唯一の読書だった。読書の歓びといううものを知らなかった。高校時代、卒業まじかになって、急に読書に目覚めた。受験勉強のプレッシャーからの逃避行動の一つだったのかもしれない。具体的に言うと、大江健三郎小林秀雄ドストエフスキーニーチェなどを、大江健三郎の読書遍歴記録を参考に読み始めた。分かったか分からなかったか、そんなことはどーでもよかった。面白いと思ったものだけを読む、というのが、当時の読書法だった。特にドストエフスキーには夢中になった。『 地下生活者の手記』や『白痴 』には驚いた。不思議なことに、今の読書法や読書傾向とまったく変わっていない。 清水正教授も、高校時代、『地下生活者の手記 』を読んで、強い衝撃を受け、ドストエフスキーにハマりこむようになったなったらしい。清水正は、そのまま一直線にドストエフスキー研究とドストエフスキー論の執筆に突き進んでいき、現在に至る。無論、私と清水正では、そのハマり具合がまったく違う。私は、ドストエフスキー研究という点に関しては、まったくのど素人で、「 アマチュア」に過ぎない。 私は、眠りかけていた「ドストエフスキー的思考力」を、清水正との出会いによって、思い出した。清水正ドストエフスキー論に刺激されて、私は高校生時代の読書体験を思い出した。