山崎行太郎(哲学者、文芸評論家)-Blog『毒蛇山荘日記』

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(続17)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。高橋源一郎を筆頭に雑文ライター武田砂鉄等は、頻りに「新潮社」の編集責任問題から争点をずらし、杉田水脈や小川榮太郎等、執筆者個々人の責任問題へ論争の争点を誘導しようとしている。武田砂鉄という雑文ライターは、『文学界』だけではなく、『すばる』にも、隔月だが連載していることを発見。超売れっ子(笑)。何故? 出版社お抱えの御用ライターだからだろう。( 続く)

(続17)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。高橋源一郎を筆頭に雑文ライター武田砂鉄等は、頻りに「新潮社」の編集責任問題から争点をずらし、杉田水脈小川榮太郎等、執筆者個々人の責任問題へ論争の争点を誘導しようとしている。武田砂鉄という雑文ライターは、『文学界』だけではなく、『すばる』にも、隔月だが連載していることを発見。超売れっ子(笑)。何故? 出版社お抱えの御用ライターだからだろう。 出版社に頭が上がらないのは、出版社から原稿料を貰って生活している作家や批評家、業界人、及び業界ライターの哀しい宿命だろうが、それにしても、侘しい話だ。「新潮社」社長は、先日の「小林秀雄賞受賞パーティー」の席で、「 多くの執筆者の皆さんに、原稿料が払えなくなってすみません」と謝罪したそうだが、「語るにおちる」とは、こういう事を言うのだろう。最終責任は、もちろん「筆者」個人にあるだろうが、それだけではないだろう。「新潮45」を廃刊したのは、「 LGBT騒動 」をネタに「新潮社」前に押しかけた政治的な抗議デモ隊に屈した「新潮社」という出版社である。杉田水脈小川榮太郎の責任を追及したければ、杉田や小川に抗議すればいいだけの事だ。立憲民主党衆議院議員等も絡んだ政治主義的な「 LGBT抗議騒動 」は、「新潮社」という出版社に向かった。「新潮社」はその抗議デモ隊に屈服したのである。今回の「『新潮45』廃刊事件」の主役は、杉田水脈でも小川榮太郎でもなく、「新潮社」そのものである。高橋源一郎は、この「『新潮45』廃刊事件」で、いち早く、筆者の一人、小川榮太郎の文章を「 公衆便所の落書き 」と罵倒し、さらに『新潮』の依頼を受けて、『新潮』11月号で、「新潮社」の責任を免罪し、小川榮太郎への個人攻撃ののろしを上げた。それに、業界人や業界関係者が「金魚の糞」のごとく付和雷同し、「小川榮太郎攻撃」、つまり、「小川榮太郎バッシング」を拡散、扇動していると言うのが現状のようだ。武田砂鉄には、早速、東京新聞から原稿依頼があり、前述のごとく、武田砂鉄は、自分の役割をよく自覚しているらしく、「新潮社」の責任を隠蔽し、杉田=小川等、執筆者等に全責任をなすりつけようとしているが、笑止というしかない。《編集者あがりの雑文ライター》武田砂鉄にしか出来ないダーティーワークだろう。「はい出番ですよ」というわけだろう。文芸批評家の絓秀実が、Twitterで、高橋源一郎は、他人の本や論文など 、ろくに読みもしないで「論争」する奴だと書いている。絓秀実は、自分が体験したことなので、それは、「証明済み」だとも書いている。さー、高橋源一郎大先生、尻に火がついたようですが、イカガデショウ。ところで、今日、私は、大学の図書館で、例の「新潮45」の小川榮太郎論文をコピーしてきた。熟読したが、高橋源一郎や武田砂鉄の文章より、遥かに鋭いいい文章だ。「公衆便所の落書き 」だとか、「文章がまずい」「 読むに値しない」などと言っていたのは、何処の馬鹿だよ。論理的、思想的に太刀打ち出来なかっただけだろう。 ( 続く)