山崎行太郎(哲学者、文芸評論家)-Blog『毒蛇山荘日記』

山崎行太郎へのメール→dokuhebi31517@yahoo.co.jp

昨夜は、学生時代からの友人で、二十代の頃、苦楽を共 にした作家の岳真也(がく・しんや )さんと、元総理( 旧民主党m)の菅直人さんの対談本( 『 脱原発党宣言』?)の出版を祝う会が、新宿駅前の居酒屋『 嵯峨野』であり、参加してきた。( 続く)

昨夜は、学生時代からの友人で、二十代の頃、苦楽を共にした作家の岳真也(がく・しんや )さんと、元総理( 旧民主党m)の菅直人さんの対談本( 『 脱原発党宣言』?)の出版を祝う会が、新宿駅前の居酒屋『 嵯峨野』であり、参加してきた。菅直人さんとも少し話した。二人とも、70歳を過ぎても、まだまだ元気のようだった。二次会は高田馬場早稲田大学とは反対側。懐かしい。岳真也さんの事務所が、この近くにあり、よくこの周辺で呑んだ。『神田川 』という歌が、流れていた頃だ。最近、お互いに、進む道も思想的立場も異なり、なんとなく疎遠になり 、交流も途絶えていた。しかし、このFacebookで、近況を確認することができ、いろいろあったが、昔が懐かしく、再会を約束していた。岳真也さんは、昨年、次男の「匠 」君を亡くした。私はよく覚えていないが、私とも会ったことがあるらしいと、昨夜、聞いた。記憶の糸を辿って行くと 、浦和競馬場の帰りに、拙宅に立ち寄ったことがあったが、その時、同伴していたのが「 匠 」君だったらしい。岳真也さんは、今、「 匠 」君のことを描いた連作を、「三田文学」に発表している。来年あたりに完成させるらしい。岳真也さんは、まだ慶應義塾大学経済学部の学生で、つまり19歳ぐらいの時、『飛び魚 』とかいう小説を 、遠藤周作編集長時代の「三田文学」に発表し、作家デビューしている。その後、「三田文学」が休刊したため、岳真也さんは、『 蒼い共和国』という、一介の大学生が出すには似つかわしくない 、豪華な同人誌を刊行し、私も途中から、それに参加するようになった。というのが縁である。岳真也さんは、その頃から、純文学( 小説 )だけではなく、若手旅行作家としても売り出し中であり、今、話題の「新潮社」の近くに、事務所を構え、意気軒昂であった。その後、紆余曲折があり、不振、不遇の時代を迎えた時も、大衆文学路線に転向すれば、億万長者にでもなれたろうに、岳真也さんはかたくなに「純文学」路線を堅持し、「 純文学 」を手放さなかった。今は、歴史小説の分野で活躍しているが、それでも純文学という「 売れない小説」( ? )を書き続けている。最後の無頼派を気取っているが、岳真也さんは、若い時から、優柔不断な「口先だけの文学青年 」であった私とは異なり、何事においても即断即決、実践実行の人であった。慶応の経済学部卒であり、銀行か商社にでも就職すれば、豪勢な暮らしができただろうに、彼はそれを拒絶し、貧乏ぐらしの方を選んでいた。私は、この人について行ったら、夢ばかり追いかけて、具体的には、何もしない私のような人間でも、何事かを為し遂げることができるかもしれないと判断し 、行動を共にすることを選んだのだった。その私の判断は間違っていなかったと、今になって、思う。昨夜は、岳真也さんの深く長い友情に感謝しつつ、そしてまた、長い時間の無礼を詫びつつ、カラオケの喧騒の中で、若くして逝った「匠 君の霊よ、安かれ」と 、ひそかに黙祷した夜であった。