山崎行太郎(哲学者、文芸評論家)-Blog『毒蛇山荘日記』

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(続22)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。「『新潮45』廃刊事件」のもう一人の中心人物=小川榮太郎が、『 月刊HANADA』で反撃を開始したようだ。高橋源一郎は、小川榮太郎の「 『新潮』新人賞落選問題(事件 ) 」を 面白半分に取り上げて、「文藝評論家になれなかった小川榮太郎 」が、政治評論に活路を見出して、挙句の果てに、読むのも汚らわしいような「 公衆便所の落書き」を、つまりトンデッモナイ痴漢論文を、「新潮45」に発表、「『新潮45』廃刊事件」を引き起こしたと書いていたよ

(続22)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。「『新潮45』廃刊事件」のもう一人の中心人物=小川榮太郎が、『 月刊HANADA』で反撃を開始したようだ。高橋源一郎は、小川榮太郎の「 『新潮』新人賞落選問題(事件 ) 」を 面白半分に取り上げて、「文藝評論家になれなかった小川榮太郎 」が、政治評論に活路を見出して、挙句の果てに、読むのも汚らわしいような「 公衆便所の落書き」を、つまりトンデッモナイ痴漢論文を、「新潮45」に発表、「『新潮45』廃刊事件」を引き起こしたと書いていたように、私は読み取ったが、実情は、大分違うようだ。

小川榮太郎が、今月号の『 HANADA』に、かなり過激な反論を書いて、高橋源一郎矢野優=『新潮』編集長らに反撃している。特に小川榮太郎は、『新潮』編集長矢野優に向かって、『新潮』新人賞落選事件の舞台裏を暴露して、問題の小川榮太郎糾弾の編集後記を書いた矢野優編集長も、その事件に深く関与していた と、明らかにした上で、「おかしいんじゃないか」と反撃している。実は、私は 『月刊HANADA 』を、これまで、「 公衆便所の落書き雑誌 」( ?)と思っていたので、読んだことがない。今回初めて、昨夜の「東京西南塾 」に参加した塾生の一人が買って持っていたので、雑誌を手に取り、「 小川榮太郎独占手記 」なるものを真面目に読んだ。面白かった。久々に興奮した。小川榮太郎手記によると、『新潮』新人賞落選事件は、単なる落選事件ではなかったらしい。音楽評論家=遠山一行の仲介による持ち込み原稿を、『新潮』編集部の意向で、新人賞に回し、当選が確約( ヤラセ?)されていたものらしい。当選作として『新潮』に発表する 予定だった、と。それが落選となったためい『新潮』編集部に混乱が起きたが、その時の編集長が、編集長になったばかりの矢野優だったと。前後のやり取りや、背景について、小川榮太郎は次のように書いている。 ーーーーー以下引用ーーーーー さて、新潮社を訪れた私は控室で待たされた。そこに転がり込むように飛び込んできたのが、矢野君、君だったではないか。顔を真っ赤にしながら「申し訳ございません 」と全身で詫びを入れる君の手は激しく震えていたね。(中略) 私が駄作を応募して新人賞を取り損ね、新潮社に片恋を重ねてきたかのような嘘っぱちで嫌味な文章を、事情も知らぬ高橋氏に平気で書かせる君に、一体いつ変質してしまったのか。( 中略 )私のこの質問状に、答えてくれたまえ。(中略 )言論の責任を身を以て示してほしい。 (「 小川榮太郎独占手記 」『月刊HANADA 』12月号 ) ーーーーー引用終了ーーーーー

さー、どーする、矢野優編集長。むろん、矢野優編集長の側には、また別の言い分があるかもしれない。どっちの言い分が正しいのか、私には、それほど興味はない。が、いずれにしろ、当初の予想を覆して、「『新潮45』廃刊事件論争」は、私の予想=期待通り、泥沼化の様相を呈してきたようだ。面白い展開だ。さー、論争(戦闘 )の始まりだ。待ってました(笑)、と言いたいくらいだ。さー、小川榮太郎の暴露反撃に、高橋源一郎矢野優編集長等はどう答えるのだろうか? それとも沈黙を貫き通して、嵐が通り過ぎるの待つか。私は、沈黙を貫き通すことは出来ないだろうと思う。どちらかが倒れるまで、徹底的な論争をやってもらいたい。論争の内容や結果はどーであれ、泥沼の論争劇の果てに、日本の論壇や文壇に新しい時代が始まるだろうと私は思う。矢野優『新潮』編集長や、現代日本の大文豪高橋源一郎センセイ等は 、「『新潮45』廃刊事件」も「 LGBT騒動 」もなかったことにしたいだろうが、自分たちが、初めに、「 LGBT騒動 」の仕掛け人=立憲民主党尾辻かな子議員やそれに付和雷同するエセ左翼市民運動に屈服し 、杉田水脈小川榮太郎等、執筆者に罪を擦り付けて 、「 LGBT騒動 」を仕掛けた側に土下座した以上、エセ保守側も黙ってはいないだろうから、論争の泥沼化は避けがたいだろう。私は、高橋源一郎矢野優『新潮』編集長等を巻き込んだ泥沼論争を大歓迎する。私は、今、大江健三郎の『 セブンティーン』と『政治少年死す 』を読み直しているところだ。「大江健三郎『 セブンティーン』事件」では、死者も出たはずだ。そして絶版騒動へと。私は 、今回の「『新潮45』廃刊事件」も、このままで火消しに成功し、有耶無耶になるとは、とても思えない。 ( 続く)