山崎行太郎(哲学者、文芸評論家)-Blog『毒蛇山荘日記』

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(続25)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。「 LGBT騒動 」で、あれほど自信満々に、「新潮45」に掲載されていた杉田水脈論文や小川榮太郎論文を 批判=罵倒していた面々が、小川榮太郎が『 月刊HANADA』で反論と反撃を始めると、ひたすら無反応、沈黙、無視。今後も反応する可能性は薄い。( 続く)


(続25)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。「 LGBT騒動 」で、あれほど自信満々に、「新潮45」に掲載されていた杉田水脈論文や小川榮太郎論文を 批判=罵倒していた面々が、小川榮太郎が『 月刊HANADA』で反論と反撃を始めると、ひたすら無反応、沈黙、無視。今後も反応する可能性は薄い。


都合が悪くなると沈黙するに限るというわけか。だから、お前等、三流芸能人コメンテーターはダメなんだよ。いや間違った。文壇=論壇の三流文化人は、だった。特に、Twitterで、「 公衆便所の落書き」という名言で小川榮太郎論文を切り捨て、さらに「新潮」11月号で、「 小川榮太郎よ、お前は文芸評論家じゃないよ」とでも言うかのように、文壇的権威を振りかざし、高圧的な批判=揶揄をくりかえした作家の高橋源一郎センセイだが、その後、沈黙している。Twitterの更新なし。私の理解では、高橋源一郎Twitterで、「公衆便所の落書き だ」「読まなきゃよかった 」と、公然とつぶやいた時点が、この「 LGBT騒動 」と「『新潮45』廃刊事件」の始まりだった。高橋源一郎くん、おかしいではないか。腑に落ちない。むろん、高橋源一郎だけではない。矢野優「新潮」編集長も内田樹も、この問題で売り出し中の三文ライター武田砂鉄( 屑鉄? )も、ほぼ全員、沈黙。小川榮太郎が、あらゆる方法を使って、即座に反撃(反論)を開始ししたのと対照的。この「 LGBT騒動 」と「『新潮45』廃刊事件」に関する論争は、小川榮太郎の「一人勝ち」ではないのか。ドサクサにまぎれて、「反論の価値なし 」とかなんとか言い出すかもしれないから、ここで、あらかじめ、言っておく。それじゃ、もっとミジメじゃないのか。それとも、ひたすら沈黙して、嵐の過ぎ去るのを待つつもりか。だが、世間の愚衆(笑)どもが忘れても、私は、忘れない。私は、暇人だから、さらに追及していく。時間はタップリある。私見によれば、この問題にはその価値がある。私は、シロートは相手にしない。高橋源一郎内田樹等を中心に追及していく。証拠や文献が、有り余るほど残っているからだ。「沈黙」も「逃げ」も無駄だよ。
( 続く)