山崎行太郎(哲学者、文芸評論家)-Blog『毒蛇山荘日記』

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(続26)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。「『新潮45』廃刊事件」をめぐって、エセ左翼リベラル派からボロクソに批判=罵倒され、人格まで否定=愚弄された小川榮太郎と『 月刊HANADA』編集長の花田某が、「新潮社」社長と「新潮」編集長の矢野優に、対談( 鼎談 )を申し込み、論争と対決試合の場を提供すると提案したようだ。 むろん、バトルを期待はしているが、誌上論争も誌上対決も、実現しないだろう。彼等は、逃げるだろう。エセ左翼リベラルは逃げ足だけは早いからな

ー(笑)
(続26)「新潮45」を廃刊に追い込んだ「 LGBT騒動 」について。「『新潮45』廃刊事件」をめぐって、エセ左翼リベラル派からボロクソに批判=罵倒され、人格まで否定=愚弄された小川榮太郎と『 月刊HANADA』編集長の花田某が、「新潮社」社長と「新潮」編集長の矢野優に、対談( 鼎談 )を申し込み、論争と対決試合の場を提供すると提案したようだ。 むろん、バトルを期待はしているが、誌上論争も誌上対決も、実現しないだろう。彼等は、逃げるだろう。エセ左翼リベラルは逃げ足だけは早いからな(笑)。
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ところで、私は、一貫して、左右激突となるだろう「大論争」への発展を期待しており、この「大論争」の結果はどうであれ、エセ左翼やエセ右翼、エセ保守が淘汰され、それが、日本の論壇や文壇、ジャーナリズム、アカデミズムの活性化、復権、復活へと繋がっていくだろうと思っているが、論争や抗議を仕掛けた側は、つまり高橋源一郎等を筆頭とするエセ左翼文化人連中は、恥も外聞もなく、ただ「逃げる勝ち」ということで、現実には大論争も小論争も、何も起こらないような気がする。いっぽうでは、後出しジャンケンが得意なエセ左翼文化人の参戦が目立っている。たとえば中島岳志山口二郎・・・。中島岳志東京新聞の論壇時評で一連の問題を取り上げ、その中でも、これなら安全と思ったのか、小川榮太郎だけを槍玉にあげ、厳しく批判している。中島岳志は、「 LGBT騒動 」や「 LGBT差別問題」には興味があるようだが、言論弾圧問題には興味がなさそうで、その方の問題は、まったく無視、黙殺している。右からの言論弾圧事件には敏感に反応し大騒ぎするエセ左翼文化人だが、左からの言論弾圧事件は見えないらしく、完全にスルー。これでは、ますます小川榮太郎の「一人勝ち 」 になるだろう。山口二郎も同じ。東京新聞のコラムで、他人の受売りでしかないことを、最もらしく言っているが、論争を引き受ける覚悟はあるのか。逃げるに決まっている。彼等、エセ左翼文化人等は、集団では威勢がいいが、個人になると、「物も言えないヒヨコ」に成り下がる。私は、昔から( 学生時代から? )、この手のエセ左翼文化人が大嫌いであった。その結果、私は、小林秀雄三島由紀夫江藤淳のような「保守反動派 」の文学者=思想家たちを信奉し、私自身も、物書きになって、その先輩達に続きたいと思ってきた。むろん、私は、エセ左翼もエセ保守も嫌いだが、ホンモノの左翼は嫌いではない。吉本隆明廣松渉も、あるいは埴谷雄高柄谷行人も、私が 、小林秀雄江藤淳を読むように、今でも愛読し、熟読する思想家たちである。だから、私は、今、エセ左翼を批判すると同時に、エセ保守もエセ右翼も批判しているのだ。私が、今でも、最も尊敬し、畏怖しているのは、吉本隆明埴谷雄高の「思想家=文学者としての生き方 」と「 身の処し方」である。私などは、遠く及ばないし、比較するのも畏れ多いが、参考にはなる。要するに、私は、世渡りの上手い言論人や大学教授連中を、唾棄すべき最悪の人種として軽蔑している。「 LGBT騒動 」と「『新潮45』廃刊事件」が暴き出しつつあるのは、そういう連中の正体である。高橋源一郎小林よしのり内田樹中島岳志山口二郎・・・等の正体、見たり枯れ尾花(笑)。
( 続く)

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