文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『マルクスとエンゲルス』(51) ■小林秀雄とベルグソンとマルクス(3) ■ 小林秀雄は、マルクス主義者やへーゲルは批判しているが、マルクスは批判していない。マルクスとマルクス主義者たちは違う。そしてへーゲルやエンゲルスとも、違う。私の考えでは、それは、マルクスだけが「批評の人」だったからのように見える。そういう意味では、へーゲルやエンゲルスは「批評の人」ではなかった。マルクスだけが「批評の人」だった。マルクスだけが、理論化や体系化を


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マルクスエンゲルス』(51)
小林秀雄ベルグソンマルクス(3)
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 小林秀雄は、マルクス主義者やへーゲルは批判しているが、マルクスは批判していない。マルクスマルクス主義者たちは違う。そしてへーゲルやエンゲルスとも、違う。私の考えでは、それは、マルクスだけが「批評の人」だったからのように見える。そういう意味では、へーゲルやエンゲルスは「批評の人」ではなかった。マルクスだけが「批評の人」だった。マルクスだけが、理論化や体系化を拒絶し、「批評的場所」=「危機的場所」に立ち続けたからだ。それは、小林秀雄の「科学論」とも深くかかわっている。小林秀雄が、近代科学や近代科学的思考を批判するのは、それが、科学主義というイデオロギー的思考に堕落しているからだ。科学主義的思考は批評的場所=危機的場所からの逃走である。
 批評的場所とは、どういう場所か。それは、解答のない問題を問い続ける場所だと言っていいかもしれない。解答のない問題を問い続けるという、この批評的場所(危機的場所)の曖昧さと不安に耐えられない者は、適当な、安易な解答を求めて、定住の場所を求め、安住の地を探そうとする。その安住の地が、理論であり体系であり、哲学である。つまり形而上学である。
 このことについて考えるとき、佐藤優の『神学の思考』の発言が参考になる。佐藤優は「神学」の思考について、こう書いている。

《神学では、神について、われわれ人間が考えていくというのは正しいアプローチではありません。神が自身についてどう語るかについて、虚心坦懐に耳を傾けていくことが、神学的に正しいアプローチなのです。(中略)語ることができず、沈黙しなければならない事柄について語るのが神学という学問の特徴なのです。人間と神は質的に異なります。有限な人間が無限な神について、本来、語ることはできません。それにもかかわらず、人間は神について語らなくてはなりません。この緊張関係から神学が生まれるのです。》(佐藤優『神学の思考』)

 佐藤優によると、「神学」は、人間が、人間の能力では考えることの不可能なことについて、不可能であることを知りつつ、それでも考えようとするところに成立する。神学は真理や客観性や普遍性などは問題にしない。
 私は、長いこと、神学は、「神の存在」を学問的に、あるいは科学的且つ合理的に論証するものだと思っていた。だから、私は、哲学科で哲学や宗教哲学を学びながら、哲学にも宗教哲学にも、もちろん神学にも興味を持つことができなかった。しかし、佐藤優の『神学の思考』を読んで、はじめて「神学とは何か」を理解できた。そして、哲学や宗教哲学が、何故、おもしろくなかったかを理解した。それは、主体的な学問ではなかったからである。
 カントが、『純粋理性批判』で、「物自体」について語ることを禁じたように、初期ヴィトゲンシュタインもまた、「語り得ないことについては沈黙しなければならない」と『論理哲学論考』のなかで言った。つまり、カントもヴィトゲンシュタインも、この時点では、人間がもっとも知りたいと思うような根本的な問題を、隠蔽・抑圧することによって、つまり避けることによって、「真理」や「客観性」を護ろうとしたのである。言い替えれば、佐藤優のいう「神学」は、「真理」や「客観性」より、間違っているかもしれないが、「真理への意志」を重視しているということができる。要するに、これを、マルクスマルクス主義の差異という問題に置き換えると、マルクスは「真理への意志」を重視した人であり、マルクス主義者やへーゲルやエンゲルスは、「真理」を重視した人ということになる。

キリスト教は、救済を目的とする宗教です。より正確に言うと、「真の神であり真の人であるイエス・キリストが唯一の救い主である」ことを信じることによって救われる宗教です。救済は、人間にとって、主体的な問題です。キリスト教の場合は、神から人間に対する呼びかけにどう答えるかが、問題の確信になります。それだから、キリスト教について、純粋に客観的なアプローチはありません。》(同上)

 神学は、科学的真理や科学的客観性、あるいは実証性や再現性などを求めていない。科学的真理や科学的客観性などは、人間の思考の範囲内にある。しかし、神学の思考は違う。人間がもっとも知りたいと思っているが、人間の思考能力の範囲外にある問題、そういう解答不可能な問題を、主体的に思考しようとするのが、神学である、と佐藤優は言っている。
 繰り返すが、佐藤優が、ここで言っていることは、神学やキリスト教に限る問題ではない。人間が、物を考える時の基本的な態度を言っている。佐藤優の言う「純粋に客観的なアプローチ」とは、人間が、もっとも知りたいと思っている根本的な問題を隠蔽・抑圧する思考だということになる。それは科学的思考ではあっても神学的思考ではない。言うまでもなく、科学的思考が、人間の思考のすべてではない。
 つまり、佐藤優が、ここで言っていることは、小林秀雄ベルグソンマルクスの文学や哲学を考えるのに役立つように思われる。神学が、解答のない問題(「神の問題」)を考え続ける学問であるように、小林秀雄ベルグソンマルクスの思考や文学や哲学も、同じように、人間がもっとも知りたいと思うが、答えのない、解答不可能な問題を、それにも関わらず、考え続ける過激な純粋思考だからだ。
 柄谷行人は、この「解答不可能な問題」を、つまり人間がもっとも知りたいと思うが、思考さえできないような「根本的な問題」を、ハイデガーの言葉「まだ思惟されていないもの」を引用して、次のように説明している。まず、ハイデッガーの引用。

ハイデッガーはいっている。
「思惟することが問題である場合には、なされた仕事が偉大であればあるほど、この仕事のなかで「思惟されていないもの」、つまりこの仕事を通じ、またこの仕事だけを介して「まだ思惟されていないもの」としてわれわれのもとに到来するものは豊かである。」(Der Satz vom Grud)
「価値形態論」の豊かさは、そこにおいて「まだ思惟されていないもの」を到来させるところにある。》(柄谷行人マルクスその可能性の中心』)
 
 マルクスもまた、科学的真理や科学的客観性などを求めたのではない。それ以上のものを求めている。それが、「まだ思惟されていないねの」(ハイデッガー)である。
 小林秀雄の初期作品を読んでいくと、マルクスやへーゲルがよく出てくる。文芸評論家の書く「文芸評論」や「文芸時評」に、マルクスやへーゲルが頻繁に登場するのは、何故か。小林秀雄の「文芸評論」は、文学論ではなく、「思考の原理」論であった。言うならば「哲学」であった。しかし、それは、似てはいるが、厳密に言うと、「哲学」とも違っていた。哲学は理論的、合理的な思考であり、理論や体系なしにはあり得ない。理論や体系を目指す、その分だけ、哲学は厳密な純粋思考から遠ざかる。哲学もまた理論化や体系化を必要とする。科学的発見の瞬間に見られる過激な純粋思考が、観測や実験の繰り返しによって、理論化や体系化され、誰にでも理解可能な平凡に真理に変貌していくように、その理論化や体系化に伴う思考の中には思考停止の起源がある。小林秀雄は、その思考停止を見出すし、批判する。
 小林秀雄は、真理や客観性ではなく、過激な純粋思考を求めたのである。それは、科学的思考をさえ乗り越えて、さらにその向こうへ飛び込んでいく過激な純粋思考である。小林秀雄の科学論が、しばしば科学批判になるのは、そこに理由がある。言い替えれば、マルクスの思想や思考の中に過激な純粋思考を見た小林秀雄は、マルクス主義者やへーゲルの中に、中途半端な科学主義的思考という理論的、体系的思考を見出して、そこに思考停止の起源を見出し、それを批判したのである。
 小林秀雄の文芸評論は、いわゆる文学にいての論考、つまり「文学論」ではない。人間がもっとも知りたいと思うが、答えのない、あるいは解答不可能な問題を追求する文学、そういう文学における過激な純粋思考を論じているのだ。小林秀雄は、文芸評論家として、ランボードストエフスキーだけではなく、モオツアルトやゴッホ・・・をも論じている。小林秀雄は、真理や科学的客観性、実証性、再現性などではなく、過激な純粋思考を論じているのだ。
 丸山眞男は、『日本の思想』の中で、小林秀雄の批評は、当時の流行思想であったマルクス主義との対決の中から生まれてきたものだと言っている。慧眼である。当時のマルクス主義は科学を標榜していた。「空想から科学へ」という言葉が象徴するように、科学という言葉が重要なキーワードだった。小林秀雄は、この「科学」という言葉にこだわった。この言葉にこだわり、この言葉を批判することによってマルクス主義を批判したのである。小林秀雄マルクス主義批判が、日本の近代批評を産み、確立した。
 小林秀雄の「マルクス論」も「科学論」も、哲学的でも科学的でもない。当時の多くのマルクス主義者たちが、哲学や科学を根拠にしていたのに対して、小林秀雄は、その根拠になっている哲学や科学を批判したのだった。

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この原稿( 記事)は、最終稿ではありません。今後も加筆修正を繰り返していきます。最終稿は、メールマガジン山崎行太郎の毒蛇通信』でお読みください。
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