文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

来年九月の台風シーズンに、鹿児島で、「鹿児島西南塾」(川原彰夫塾長 )主催で、第二回目の「 共同講演会( 岩田温、稲村公望、山崎行太郎、川原彰夫その他 ) 」を開催予定です。テーマは、「西南戦争とは何だったのか?」または、「 西南戦争はまだ終わっていない 」。我々は、単なる啓蒙主義的な講演会ではなく、一種の「思想運動」としての講演会を目指しています。私が 、今、興味を持っているのは、西南戦争後の薩軍の生き残った兵士たちの歴史と現在です。今年、鹿児島や東京で公演された演劇『 石に刻んだ赤心』

 

 

 

 

来年九月の台風シーズンに、鹿児島で、「鹿児島西南塾」(川原彰夫塾長 )主催で、第二回目の「 共同講演会( 岩田温、稲村公望、山崎行太郎、川原彰夫その他 ) 」を開催予定です。テーマは、「西南戦争とは何だったのか?」または、「 西南戦争はまだ終わっていない 」。我々は、単なる啓蒙主義的な講演会ではなく、一種の「思想運動」としての講演会を目指しています。私が 、今、興味を持っているのは、西南戦争後の薩軍の生き残った兵士たちの歴史と現在です。今年、鹿児島や東京で公演された演劇『 石に刻んだ赤心』( 大日琳太郎・作演出)には驚きました。 生き残った薩軍兵士たちは、300名以上が、政治犯として宮城県まで連行され、仙台刑務所( 雄勝 監獄)に収監されたという内容の演劇でした。その政治犯たちの中心人物は「椎原国幹」でした。椎原国幹は西郷家の縁戚( 西郷隆盛の母親マサの弟。)のようですが、椎原一族とはどういう一族でしょうか。椎原国幹の長女は、川村純義海軍大将夫人で、昭和天皇の養育係。椎原国幹は、二年間、服役した後、帰郷し、そのまま地元=鹿児島に残り、鹿児島県の教育行政に、草創期の鹿児島造士館中学や高校の校長として尽力したそうです。造士館中学は、現在の鶴丸高校や甲南高校の前身です。実は、私が生まれ育った鹿児島県「旧 勝目村 」にも、支配層の名門一族として、椎原一族がいました。鹿児島県「 勝目村 」の「村長 」も「先生」も「医者」も、椎原一族でした。篠原国幹と関係があるのか、ないのか。興味深いです。ところで、先日の「西郷南洲生誕祭 」で、西郷隆盛直系の五代目当主の「 西郷隆太郎 」氏にお会いしました。私は、畏れ多くて、話しかける勇気はありませんでしたが、隆太郎さんの方から話しかけてくれましたので、愉快に談笑することが出来ました。鹿児島の南洲墓地における大久保利通慰霊碑(「恩讐を越えて?」? )の件について、私が、ブログなどに書いた「慰霊祭批判 」や、 西郷家と大久保家の「和解批判」を気にしていたようで、その件で、かなり突っ込んだ話が出来ました。もちろん、詳細は書けませんが、「 西南戦争はまだ終わっていない」「薩軍と政府軍との 安易な和解には反対 だ」ということで意見一致の上で 、思想的にも 意気投合(?)しました。西郷隆太郎氏は、まだ若いと思われますが、なかなか気概のある男でした 。ちなみに、西郷隆太郎夫人は、東京中央区選出の都会議員の「西郷あゆ美」さんです。西郷隆太郎夫人も、毅然とした思想信条の持ち主でした。