山崎行太郎の『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『小説・南洲伝』など。

「毒蛇山荘籠城記」(3) 枕崎放浪編ー 「枕崎」は カツオや台風等で全国的にも 知名度は高いが、しかし、今やその疲弊 ぶりも凄まじい。

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「毒蛇山荘籠城記」(3) 枕崎放浪編ー
「枕崎」は カツオや台風等で全国的にも
知名度は高いが、しかし、今やその疲弊
ぶりも凄まじい。
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枕崎は、小生の本籍地のあるところである。つまり、父親の実家があるところだ。もちろん両親や先祖の墓もある。「山崎集落 」もあり、その集落の人は、ほぼ全員、山崎姓である。枕崎の街からはかなり離れており、港町という雰囲気とは無縁な純農村地帯と言っていいところだが、一応、枕崎市ということになっている。というわけで、住んだことはないが、それなりに愛着はある。父が長男で一人息子で、しかも跡取り息子だったから、子供の頃は、盆と正月は、ここで、必ず、泊まり込みで、過ごしたものだった。東シナ海に面した高台なので、風が強い。だから、正月になると、子供たちの「凧揚げ」が盛んだった。もちろん、今は、凧揚げなどする子供はいない。淋しいとは思うが仕方ない。時代の流れや変化を嘆いても仕方ないことだ。昨日、枕崎市役所に用事があったので、「田舎の路線バスの旅」( ?)と浮かれ込んで枕崎へ行った。小生の住む「毒蛇山荘」から2、30分で行ける。枕崎の街は 、交通も買い物も、田舎暮しの身には便利なので、よく行くが、一年一年、街は疲弊し、冷え込んでいくようだ。かつては、人が溢れ、港には、大漁旗をはためかせた漁船や、荒々しい海の男たちが激しい怒鳴り声を上げ、人が群れをなして出入りし、漁業関係の車がひっきりなしに行き交っていたKj。しかも、枕崎という街は、街全体が、魚の腐敗臭で覆われていて、活気はあるが、ちょっと近寄り難い街だった。それほど街は栄えていた。それも、つい昨日のことのように思い出されるのだが、今は、魚の腐敗臭などはしない、清潔で綺麗な、爽やかな風の吹く街に変貌している。しかし、残念ながら、清潔な街に変貌した代わりに、人がいない。人の声がしない。もちろん海の男たちの怒鳴り声など、何処からも聞こえて来ない。街は、ゴーストタウンのように静まりかえっている。清流に魚住まずとか言うが、なるほどと思う。家はあるが、軒並みにシャッターが降りており、明かりすら灯っていない。大きなスーパーが二、三軒あり、ヤマダ電機まであるのだが、なにせ 、人がいない。いたとしても老人ばかり。時々、老人に混じって、若い女性たちが通り過ぎる。ああ、まだ、こういう若い人たちもたまにはいるのだなーと思って、それとなく会話に耳を傾けていると聞こえてくるのは、意味不明の外国語。その女性たちは、中国人かインドネシア人であるらしい。ああ これが例の? 企業実習生か? ということのようだ。要するに老人と外国人の街になっているのだ。誰が、あの活力漲る海の男達の街=枕崎を 、こういうゴーストタウンのような、p死靈の漂う街にしてしまったのか? その責任を追求したくなるが 、それも虚しい。おそらく誰の責任でもないだろう。日本人が、一時、コストカッターとかV字回復とか、あたかも救世主の如く持て囃し、偶像化していたカルロス・ゴーン日産会長が逮捕され、一方では官民ファンドの田中某とかいう怪しい人物が、傲岸不遜な逆ギレ記者会見を行ったが、あれが日本だったのだ。ああ、これが日本の現実なのだと思わないわけにはおれない。彼等の背後には、小泉純一郎竹中平蔵がいた。小泉や竹中は、今、何処にいるのだ。おそらく、枕崎という町も、「 構造改革なくして成長なし」という美辞麗句に踊らされて、自滅的政策の元に、ただひたすら、廃墟化=ゴーストタウン化の道を進んだ街の一つなのだろう。誰が笑うこと出来るだろう。私は、誰もいない街の中心街を抜けて、港の方へ向かった 。そこにも誰もいない、と思って歩いていると、小さな釣り船が数隻、岸壁に繋がれており、人の気配がする。趣味の遊漁船らしい。その中に金目鯛のような魚をバケツいっぱいに詰め込んで、その上に氷をぶっかけている老人がいたので、話かけてみた。老人は78歳だとか。ちいさな自分の釣り船を操って、漁に出るのだそうだ。売るのかと聞くと、近所の人に配るのだ、と笑らっている。趣味でやってるんですか 、と聞くと、「 そうだね、趣味だね 」と元気よく答える。船の値段を聞くと 、「もう古いから、これぐらいだと100万ぐらいだね」という。もっと高額なものかと思っていたので、ちょっとビックリ。もちろん、高いものは何千万もするらしい。威勢のいいお爺さんだった。若い頃は漁師だったのかもしれない。これがまさに、ヘミングウェイの『 老人と海』の世界だな、と思う。老人は、軽トラで元気よく走り去って行ったそのさきに行くと、「 お魚センター」がある。兄が元K気だった頃、よくここの二階のレストランで、お刺身定食など、新鮮で豪華な食事をしたものだったが、そのレストランもしまっているようだ。人の動きがない。もっと先にくと、問題の「新港」が見えてくる。枕崎の疲弊=ゴーストタウン化の原因は、この新港ではないかと、私は、素人の独断と偏見に基づいて、勝手に想像している。枕崎市は、起死回生の秘策として、大型船舶も接岸出来る、新しい巨大港の建設を断行したのかもしれない。それと同時に、旧港からは、漁船も魚も人も消えた。では、新しい巨大港の方に、漁船や魚や人は移って行ったのだろうか。どーも、そうではなかったらしい。

( 続く)



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