山崎行太郎の『毒蛇山荘日記』

山崎行太郎へのメール→dokuhebi31517@yahoo.co.jp

毒蛇山荘篭城記( 2)。批評は毒舌ではない。 我が「毒蛇山荘」で、深夜、一人で妄想に耽っていると、訳の分からない怒りと悲しみが、毒蛇が首を擡げるように、代わりがわりに込み上げてくる。そして、「内藤やすこ」という歌手が唄っていた『 弟よ』という歌を、突然、聞きたくなる。兄からメッセージか? 『 暗い目をして、すねていた~。弟よ~、悪くなるのは、もうやめて~。お前を捨てたわけじゃない〜。』 さて、毒舌がどーのこーの、という見当違い


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毒蛇山荘篭城記( 2)批評は毒舌ではない。
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我が「毒蛇山荘」で、深夜、一人で妄想に耽っていると、訳の分からない怒りと悲しみが、毒蛇が首を擡げるように、代わりがわりに込み上げてくる。そして、「内藤やすこ」という歌手が唄っていた『 弟よ』という歌を、突然、聞きたくなる。兄からメッセージか?

『 暗い目をして、すねていた~。弟よ~、悪くなるのは、もうやめて~。お前を捨てたわけじゃない〜。』

さて、毒舌がどーのこーの、という見当違いのコメントがありましたが、小生の目指す言論活動の理念とは違うので、削除しました。

言うまでもなく、私は、毒舌を撒き散らしている訳ではありません。批判や批評は、毒舌ではありません。批判や批評が毒舌に見えるのは、その人に知性と教養と感受性が足りないか、根本的にそれらが欠如しているからです。

カントの「批判」は毒舌ですか? 小林秀雄江藤淳の「批評」は毒舌ですか? 吉本隆明の「罵倒」は、単なる毒舌ですか? 根本的に違うでしょう。

真に豊かな思想や文学や学問は 、批判や批評によって成り立っているのです。単なる毒舌でしかない不平不満の捌け口や、揚げ足取りや皮肉では、思想も文学も学問も成り立ちません。

心の奥底から湧き出てくる、訳の分からない怒りも哀しみも感受できない人には、批判や批評も、テレビ芸人のお笑いの一種でしかない、商売用の毒舌ぐらいにしかみえないのかもしれません。

もう一度、言います。批判や批評は毒舌ではありません。批判や批評 と、毒舌は違います。

お分かりですか?