山崎行太郎の『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『小説・南洲伝』など。

小林秀雄とベルグソンとマルクス(2) ■ 小林秀雄は『感想 』( ベルグソン論)に 、「私は、学生時代から、ベルグソンを愛読して来た 」と書いている。おそらく小林秀雄は東大仏文科で、ランボーやボードレール、アンドレ・ジッドなどの詩人や作家を乱読、熟読しながら、一方で、哲学者のベルグソンをも熟読していたのであろう。

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小林秀雄ベルグソンマルクス(2)
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小林秀雄は『感想 』( ベルグソン論)に 、「私は、学生時代から、ベルグソンを愛読して来た 」と書いている。おそらく小林秀雄は東大仏文科で、ランボーボードレールアンドレ・ジッドなどの詩人や作家を乱読、熟読しながら、一方で、哲学者のベルグソンをも熟読していたのであろう。大岡昇平は、家庭教師として、当時、文学青年だった大岡昇平の前に登場した東大生の小林秀雄の文学論が、いわゆる情緒的、観念的な文学論ではなく、極めて論理的、哲学的だったことに驚いた、と回想しているが、小林秀雄ベルグソンを「 学生時代から愛読して来た」とすれば、当然のことと言わなければならない。当時の文学青年たちは、マルクス主義プロレタリア文学に、簡単に洗脳されマルクス主義者になるか、逆にそれに反発して 、芸術至上主義に凝り固まるか、のどちらかであった。小林秀雄の同級生だった中島健蔵は、小林秀雄は、そのどちらでもなかったと回想している。「 小林秀雄マルクス主義の話になると、『マルクスは正しい、それだけだ 』と断言していた」そうだ。小林秀雄は、マルクスマルクス主義を毛嫌いしていたのではなく、マルクスマルクス主義の動向に、批判的ではありながらも、敏感に反応していた。つまりマルクスを読んで、良く理解していた。おそらくマルクス主義者や共産主義者たちよりも 、マルクス主義に精通していたし、マルクスの『資本論』も深く理解していた。たとえば、『 様々なる意匠』で、「 商品論」について書いている。

《然し、諸君の脳中に於いてマルクス観念学なるものは、理論に貫かれた実践でもなく 、実践に貫かれた理論でもなくなっているではないか。商品は世を支配するとマルクス主義は語る。だが、このマルクス主義が一意匠として人間の脳中を横行する時、それは立派な商品である。そしてこの変貌は、人に商品は世を支配するという平凡な事実を忘れさせる力をもつものである。 》

ここには、かなり重要なことが書かれている。小林秀雄 は、ここで、「 観念論か唯物論か」「 観念論から唯物論へ 」というようなマルクス主義者たちが乱用する議論をしていない。観念論も唯物論も批判=否定するような議論を展開している。理論としての商品論と商品論の現実との差異である。マルクス主義者たちは、理論としての商品論は理解しているかもしれないが、商品論の広がりと深さを理解していない、と。マルクスマルクス主義との差異を強調する小林秀雄マルクス理解の根拠が、ここにある。自分自身もこの世界の中の存在であるとすれば、商品論の中に含まれるのは当然だが、マルクス主義者たちは、それを理解していない、というのが小林秀雄マルクス主義者批判の論点である。
さらこんなことも言っている。

《現代人の意識とマルクス唯物論との不離を説くが如きは形而上学的酔狂に過ぎない。現代を支配するものはマルクス唯物史観における「 物」ではない、彼が明瞭に指定した商品というものである。》

さらに小林秀雄はこんなことも言っている。

《脳細胞から意識を引き出す唯物論も意識から存在を引き出す観念論も等しく否定したマルクス唯物史観に於ける「物 」とは、飄々たる精神ではない事は勿論だが、また固定した物質でもない。》

小林秀雄が、このデビュー作『様々なる意匠 』執筆の時点で 、マルクス唯物論唯物史観という唯物論的思想を、いわゆる通俗的唯物論としてではなく 、もう一つの唯物論として理解していたことが分かる。

( 続く)


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本稿は最終稿=完成稿ではありません。今後も加筆修正を繰りお返していきます。最終稿は、メールマガジン山崎行太郎の毒蛇通信』でお読みください。
http://www.mag2.com/m/0001151310.html

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