文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

西郷南洲とモーゼ(2)■西郷南洲の山越えの旅は 、モーゼの『出エジプト記』であった。■ 西郷軍は、熊本城攻撃に失敗し、以後退却を重ねた挙句、官軍に包囲されつつも、宮崎県延岡の長井村に集結した。8月17日、西郷南洲は、実質的な西郷軍解散命令を発し、降伏したい者は降伏せよ、ただし、死を覚悟して最後まで戦うものはついて来い、との布告を出した。一方で、西郷南洲は、この日 、陣地としていた長井村の児玉邸の庭で、重要書類とともに陸軍大将の軍服を焼却した。西郷軍は、約4000名が投降し、700名が残った。そして、この

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西郷南洲とモーゼ(2)
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西郷軍は、熊本城攻撃に失敗し、以後退却を重ねた挙句、官軍に包囲されつつも、宮崎県延岡の長井村に集結した。8月17日、西郷南洲は、実質的な西郷軍解散命令を発し、降伏したい者は降伏せよ、ただし、死を覚悟して最後まで戦うものはついて来い、との布告を出した。一方で、西郷南洲は、この日 、陣地としていた長井村の児玉邸の庭で、重要書類とともに陸軍大将の軍服を焼却した。西郷軍は、約4000名が投降し、700名が残った。そして、この夜から、西郷軍は、死を覚悟の山岳逃避行へ向かった。まず手始めに、いわゆる奇想天外の可愛岳突破作戦が、この夜、実行された。以後、西郷軍は、死に場所を求めるかのように、南九州の山野をかけ巡ることになる。ここに、西郷南洲の「 宗教的人格」が出てくる。私は、歴史的実証主義も資料的証拠主義も、そして近代合理主義もマルクス主義的民衆史観も立ち入れない宗教的な思想問題が、ここで登場すると思う。私が、西郷南洲を「 モーゼ」と比較したくなるのは、その宗教的な思想問題を考えるには、モーゼの「 出エジプト記 」しかないと思うからだ。西郷南洲は、この時点で、「神 」になったのだと私は考える。『旧約聖書 』に登場するモーゼは、エジプトに奴隷として幽閉されていたユダヤ人( ヘブライ人 )を救い出し、そのユダヤ人を引き連れて、故郷カナンの地(イスラエル )を目指して、砂漠を、40年間も彷徨う 。そして最後は、カナンの地を目前にして、その地に入ることを許されず、ネボ山で死ぬ。西郷南洲が、故郷の地である城山に、辿り着きながら 、妻子と再会することもなく、そこで討死にしたことはよく知られている通りである。西郷南洲は、繰り返すが、ここで、「神」、ないしは「 殉教者」、あるいはモーゼ的「 預言者 」になったのである。イザヤ・ベンダサン( 山本七平? )は『 日本人と日本教について』で、西郷隆盛こそ典型的な日本教徒である、と言っている。日本教を知りたければ西郷隆盛を見よ、と。またこうも言っている、日本教にも殉教者がいるが、その代表的殉教者が、西郷隆盛である、と。
( 続く)


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本稿は最終稿=完成稿ではありません。今後も加筆修正を繰りお返していきます。最終稿は、メールマガジン山崎行太郎の毒蛇通信』でお読みください。
http://www.mag2.com/m/0001151310.html

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