文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

西郷南洲とモーゼ( 4 )。モーゼという言葉には、「 水から引き揚げられし者」という意味がある。ヘブライ語の「 マーシャー」( 拾い上げる)からモーゼと名付けられたらしい。西郷南洲もモーゼも、文字通り、「 水から引き揚げられし者」であった。 ( 続く)


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西郷南洲とモーゼ( 4 )。モーゼという言葉には、「 水から引き揚げられし者」という意味がある。ヘブライ語の「 マーシャー」( 拾い上げる)からモーゼと名付けられたらしい。西郷南洲もモーゼも、文字通り、「 水から引き揚げられし者」であった。

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モーゼという言葉には、「 水から引き揚げられし者」という意味がある。ヘブライ語の「 マーシャー」( 拾い上げる)から 、「 モーゼ」と名付けられたらしい。いずれにしろ、西郷南洲もモーゼも、文字通り、「 水から引き揚げられし者」であった。モーゼは生まれるや否や、ナイル川に流されたが、王族の一人に救い出された。エジプトのユダヤ人たちは、ユダヤ人が増え過ぎることを畏れたエジプト王=ファラオの命令で、新生児の男児は殺されることをなっていた。しかし、モーゼの親は殺すことができなかった。しばらく匿って育てていたが、遂に隠しきれなくなった。そこで、誰かが拾い上げて、育ててくれるかもしれないという、かすかな希望を持って、パピルスの籠に乗せて、ナイル川に流すことにした。モーゼは、幸運にも、水浴していた王族の女性の一人に 拾い上げられ、王族の一人として育てられることになった。成長したモーゼに、神が現れ、神は、エジプトに幽閉されているユダヤ人(ヘブライ人 )を救い出せ、と告げた。そこから、モーゼの『 出エジプト記』が始まる。かくして聖人=モーゼが誕生することになる。聖人=モーゼの誕生に、「水から引き揚げられし者 」ということは重要なポイントなのである。西郷南洲は、志半ばで、「安政の大獄」事件に遭遇し、しかも薩摩藩の実質的リーダー島津久光の怒りを買い、追い詰めらてて、月照と共に錦江湾(鹿児島湾 )に身を投げるという入水自殺未遂事件を起こしている。月照は死んだが、西郷南洲は、水から引き揚げられ、一命を取り留めたが、奄美大島に幽閉されることになる。西郷南洲とモーゼが、共に「 水から引き揚げられし者」という体験を共有していることは、まことに不思議な運命を感じる。西郷南洲もまた、「日本人を救い出せ 」という神のお告げを聞いたのかもしれない。そうでなかったとしても、西郷南洲が、「聖人たちの道 」を歩いたことは間違いないように、私には、思われる。私は、小学校6年の修学旅行で 、初めて城山に登り、城山の展望台で、いわゆる「西郷南洲の悲劇の物語 」を聴いた。話してくれたのは、西郷南洲によく似た老人だったが、彼は展望台にある売店のご主人だとかいうことであった。 しかし、私は、「 シンドン、もうここで、よかが 」と言って死んで行ったという、その老人の話に深く感動した。老人の勧めで、私たちは、最後に、「 桜島を飲み込むように」、大きく両手を広げて、深呼吸をした。ここで深呼吸をすると、やがては、西郷さんのような大人物になれるんだよ、と老人は言った。小学校6年生の私は、魂を揺さぶられた。その時の感動が、今でも忘れられない。その時以来、私にとっては、西郷南洲は、「 歴史上の人物」ではなく、「 宗教的聖人 」となった。「 歴史は、西郷南洲とともに始まった」と、長い間、私は信じこんでいた。だから、私は、西郷南洲を 、歴史上の人物として、自分の身の丈に合わせて、安易に論じたり書いたりする司馬遼太郎林真理子のような「通俗的物語作家」が、大嫌いだった。ちなみに、昨日、武蔵浦和の本屋さんで、立ち読みし、確認したところ、林真理子の『西郷( せご )どん 』の参考文献に、江藤淳の『 南洲残影』はなかった。あらためて、林真理子は馬鹿だと思った。江藤淳の名作『南洲残影 』も読まずに、西郷南洲を書くなよ!(笑)。付言しおくと、自称=歴史学者の「 家近良樹( いえちか、よしき )」の『西郷隆盛 維新150年目の真実 』( NHK出版新書 )の参考文献にも、江藤淳の『 南洲残影 』(文春文庫、文春ラブラリー )はない。読んでいないのだろう。「一かけ、二かけ 、三かけて~。わたしは九州 、 鹿児島の、西郷隆盛、むすめです〜 」という子供が手合わせ遊びや縄跳びの時などに歌う歌( わらべうた)を、江藤淳が、詳しく論じているにも関わらず、初めて知ったかのように、安藤英男の著書『史伝西郷隆盛 』から引用している。歴史学者とか通俗的物語作家というものの資料収集とか実証主義とかは、この程度である。芥川龍之介の短編小説『西郷隆盛 』も最近まで知らなかったと言う。それで、長編評伝『 西郷隆盛』を書く。たいした度胸である。「 歴史学者」(笑)が基本的文献を読んでいないのだから、世も末である(笑)。基礎的教養が欠如しているのだ。笑うべし。

( 続く)
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本稿は最終稿=完成稿ではありません。今後も加筆修正を繰りお返していきます。誤字脱字など、文章に、多々、欠陥があると思われますが、御容赦ください。最終稿は、メールマガジン山崎行太郎の毒蛇通信』でお読みください。
http://www.mag2.com/m/0001151310.html
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