文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『南洲伝』と『モーゼ伝』■ 「 賊軍 」とか「薩賊 」とか「反乱軍 」とかいうような言葉は、新政府や 、御用新聞と化した当時の東京のジャーナリズムが、情報工作の一環として頻繁に使用した言葉である。しかし、これらの言葉は、反転する。


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『南洲伝』と『モーゼ伝 』
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「 賊軍 」とか「薩賊 」とか「反乱軍 」とかいうような言葉は、新政府や 、御用新聞と化した当時の東京のジャーナリズムが、情報工作の一環として頻繁に使用した言葉である。しかし、これらの言葉は、反転する。一般大衆や知識人の多くは、政府やジャーナリズムの過剰な情報工作や宣伝工作にもかかわらず、完全に洗脳されたわけではなかった。西郷南洲が、城山で戦死したことが 伝わると同時に、大衆レベルでは判官贔屓も手伝って、 「西郷南洲伝説 」とでも言うべき神話作りが始まる。空には「 西郷星」が現れ、西郷南洲を描いた「錦絵」が飛ぶように売れ始める。つまり、西郷南洲は、その悲劇的な死とともに、国民的なヒーロー、つまり「 神話的人物」であり「 宗教的存在」となっていく。西郷南洲を戦死に追い込み、勝ったはずの新政府側の総大将とでも言うべき・・・大久保利通( 内務卿 )も川路利良(大警視 )も、一、二年後には、暗殺されたり病死したりしている。西郷南洲の死が神話化され、永遠の命を吹き込まれて、一種の「宗教的存在 」(「西郷南洲のモーゼ化」? )に化していくのに対して、大久保利通の死や川路利良の死は、一顧だにされないという不思議な現象が起こる。こういう時、歴史学者は無能、無力である。彼等は、西郷南洲を歴史的人物として実証的に描くことは出来ても、西郷南洲の人格も西郷南洲の精神も、西郷南洲の哲学も描くことは出来ない。むしろ、無知蒙昧な一般庶民の集合的無意識にこそ、それが出来る。言い換えれば、そこには、芸術的、思想的、哲学的才能が必要である。何故、西郷南洲は「 西郷南洲」になったのか? 再度、引用するが、江藤淳の次の文章は、凡庸な歴史学者には書けないし、歴史学者という実証主義者には理解出来ない文章であろう。もちろん、合理主義や実証主義に毒されていない一般庶民には、良く理解出来る文章のはずである。一般庶民もまた、西郷南洲西郷南洲以上の神話的、宗教的存在としての「西郷南洲 」として理解している。それこそが、江藤淳の言う「 西郷南洲という思想」である。

《このとき実は山県( 有朋 )は、自裁せず戦死した西郷南洲という強烈な思想と対決していたのである。陽明学でもない、「 敬天愛人」ですらない、国粋主義でも、排外思想でもない、それらすべてを越えながら、日本人の心情を深く揺り動かして止まない『 西郷南洲』という思想。マルクス主義アナーキズムもそのあらゆる変種も、近代化論もポストモダニズムも、日本人はかつて『西郷南洲 』以上の強力な思想を一度ももったことがなかった。》(『南洲残影 』 )




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