文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

歴史学者で京都大学教授だった井上清の『 西郷隆盛( 上)』( 中公新書)を読んだが、意外に面白かった。というのは、井上清は、『日本の軍国主義 』『 天皇の戦争責任』などの著作などもあるように、典型的なマルクス主義的階級史観や民衆史観の持ち主であり、西郷南洲に対しても、批判的な立場から否定的評価を下しているのだろうと予想していたからだ。もちろん、井上清は、西郷南洲に対して、その思考や行動の「 矛盾」や「 限界」や「 反動性 」を批判的に指摘しているが、しかし、それ以上に、西郷南洲に対して深い愛情と愛

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『南洲伝』と『モーゼ伝 』(3)ー西郷南洲もモーゼも「歩く人」だった。死ぬまで「歩き続けた人」だった。目的地があって歩くのではなく、「歩くこと」自体が、彼らの目的だった。
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歴史学者京都大学教授だった井上清の『 西郷隆盛( 上)』( 中公新書)を読んだが、意外に面白かった。というのは、井上清は、『日本の軍国主義 』『 天皇の戦争責任』などの著作などもあるように、典型的なマルクス主義的階級史観や民衆史観の持ち主であり、西郷南洲に対しても、批判的な立場から否定的評価を下しているのだろうと予想していたからだ。もちろん、井上清は、西郷南洲に対して、その思考や行動の「 矛盾」や「 限界」や「 反動性 」を批判的に指摘しているが、しかし、それ以上に、西郷南洲に対して深い愛情と愛着を持って対応しようとしている。井上清は 、冒頭に、

西郷隆盛は矛盾に満ちた英雄である。》( 『西郷隆盛 』)

と書いている。だが、その後の文章で、こうも書いている。

《私は、西郷の個性と階級性と時代との相互作用・関連を統一的にとらえることによってのみ、彼の矛盾した全体を解釈できると考える。また彼を天性の偉人として絶対視することなく、彼自身が幾たびか辛酸をへて志はじめて堅し、という通り、彼も苦難の闘争のうちに成長したのであり、あるときはすばらしく前進するが、またある時は、たいへんな後退もしたという事実を、すなおにみとめなければならないとと考える。》

私には 、意外だったが 、井上清は、単純素朴な西郷隆盛礼賛論も否定するが、また同時に単純素朴な西郷隆盛否定論をも排除した上で、「矛盾だらけの西郷南洲」を、矛盾を矛盾として認めた上で、その全体像でとらえようとしている。私も、この井上清西郷南洲解釈の方法を支持する。井上清は、こうも書いている。

《西郷はその崇拝者たちによって、天皇主義・軍国主義の化身にされてきた。事実、征韓論以後の彼は明らかに軍国主義者である。しかも西郷は、天皇主義者・軍国主義者によってだけ崇拝されてきたのではなく 福沢諭吉のような偉大な国民主義者、中江兆民のような徹底した民主主義者、内村鑑三のような真の平和主義者によってもまた、熱烈にたたえられている。そして庶民大衆も、西郷にたいして維新の他の「元勲 」たちにたいするものとはちがった、親愛の気持ちをいだいている。これを何と解すべきであろうか。》

西郷南洲を前にして、井上清が立ち止まっている地点に、実は私も立ち止まる。私も、西郷南洲という「 矛盾だらけの存在 」を、一面的に批判、断罪したり、逆に絶賛、賛美したりするのではなく、全体的にとらえたいと思う。さて、そこで、井上清の『西郷隆盛 』論が主題的テーマとしてとりあげるのは、二度の流刑時代の西郷南洲である。私は、厳密に検証していないが、井上清によれば 、この流刑時代の西郷南洲については、ほとんど触れられてこなかったという。つまり、井上清が、初めて 、この流刑時代を、本格的に取り上げ、論じたという。その証拠に、井上清は、『 西郷隆盛(上 )』の3分の2のページを使って、流刑時代の西郷南洲を詳しく描き、論じている。