哲学者=山崎行太郎の『毒蛇山荘日記』

哲学者、文芸評論家。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『佐藤優対談集』『小説・南洲伝』など。

●「桐野利秋」抜きに西郷は語れない(4)。 ( 『 小説・南洲伝』断片的 草稿より ) ● 西郷の戦争の仕方には、大きな特徴があった。それは、最後まで追い詰めないことだった。大部隊を率いて 、敵を取り囲み、追い詰めるが、敵が白旗をあげると最後は話し合いに持ち込む。大部隊を投入し、江戸の街を火の海する寸前まで追い詰めながら、山岡鉄舟や勝海舟等との「 話し合い 」に応じ、江戸城無血開城へ舵を切ったり、庄内藩に「 寛大な処置 」をしたことなどは有名だが、そもそも、それが西郷の戦争だった。忠実な部下だった桐野利

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桐野利秋」抜きに西郷は語れない(4)。
( 『 小説・南洲伝』断片的 草稿より )
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西郷の戦争の仕方には、大きな特徴があった。それは、最後まで追い詰めないことだった。大部隊を率いて 、敵を取り囲み、追い詰めるが、敵が白旗をあげると最後は話し合いに持ち込む。大部隊を投入し、江戸の街を火の海する寸前まで追い詰めながら、山岡鉄舟勝海舟等との「 話し合い 」に応じ、江戸城無血開城へ舵を切ったり、庄内藩に「 寛大な処置 」をしたことなどは有名だが、そもそも、それが西郷の戦争だった。忠実な部下だった桐野利秋の戦争も、同じだった。攻撃の段階では、自ら先陣をきる勇猛な兵士だったが、戦闘にケリがつくと、態度は豹変した。特に桐野利秋は、「 涙もろい 」人間だったらしく 、会津戦争などでは、敗軍の会津藩主・松平容保の平身低頭する姿を前にした時には、敗者に同情して、「 男泣き」に泣いたと言われている。嘘のような話だが、この話には多くの証言がある。おそらく事実だろう。京都時代の桐野利秋についても、世評とは異なる資料が多く残されている。桐野の役割は、もっぱら助ける役だった。有名な坂本龍馬暗殺事件でも、新撰組伊東甲子太郎騙し討ち事件でも、桐野利秋の名前が登場するが、桐野が、大立ち回りを演じたという記録はない。負傷者を助ける役が、桐野の役割だった。話半分としても、おそらく、桐野が、「 人斬り半次郎」言われていた・・・という「 風評」は、桐野利秋を貶めようとす「誰か」の「 作り話」だろう。西郷や大久保等には劣るとはいえ、明治維新の大業の功績を認められ、陸軍少将にまで上り詰めった歴戦の勇士が、何故、「 人斬り半次郎」なのか。桐野が「 人斬り半次郎 」なら、明治維新の元勲たちもまた、すべて、「 人斬り・・・ 」と呼ぶべきだろう。私は、桐野利秋西郷隆盛を切り離そうとする勢力が存在し、そこから「 情報工作 」の一環として流された「 ガセネタ 」だろうと推測する。誤解を恐れずに 、私の独断と偏見に基づいて言うのだが、おそらくそれは、「大久保政権」が意図的に、情報操作の一環として流したガセネタだった。大久保政権の情報工作と情報操作に加担したのが東京帝国大学国史学科初代教授・重野安繹(しげの=やすつぐ )だったと思われる。重野安繹は、西郷とは、奄美大島流刑時代に、同じく流刑の身だったことから、交流のあった薩摩藩士である。重野安繹は、その後、大久保に接近し、東大国史学科教授になった。西郷が戦死し、西南戦争が終決すると、一番先に大久保邸にに駆けつけ、前後策を話し合っている。大久保は、重野安繹に、西郷や大久保等の伝記を書くように依頼している。重野安繹の証言は、歴史学者のものだけに、重要な役割を演じている。司馬遼太郎の『 翔ぶが如く』にも、何回も重野安繹が証言者として登場している。大久保=重野のラインが捏造した「捏造史観 」を真にうけて、娯楽漫談的な通俗的歴史小説を書いたのが司馬遼太郎だったというえわけだ。一番信用出来ないのが歴史学者通俗的歴史小説家だ。まず、歴史学者と歴史漫談作家を疑え、である。もう既に、この頃から御用学者や御用作家が暗躍して、国民意識の洗脳工作に加担していたのである。そういう政府のプロパガンダに振り回されずに、冷静に事態を凝視していた人たちがいた。中江兆民福沢諭吉内村鑑三等など、最近では江藤淳三島由紀夫など。後世にも名を残す一流の思想家や作家、宗教家たちである。彼等は、自分の頭で思考することの出来る人間だった。彼等は、世評やプロパガンダを相手にせず、西郷南洲の精神を称賛し、絶賛し続けた。司馬遼太郎のように、政府発表のプロパガンダ情報を鵜呑みにして、西郷や桐野を悪しざまに罵倒し続けたのは御用学者と御用作家たちだけである。一般庶民もまた政府発表のプロパガンダ情報を鵜呑みにはしなかった。芝居や講談や錦絵などによって、西郷や桐野は、国民的ヒーローになっていった。いつの時代でもそうだろうが、一流の思想家や作家は、利害関係から取り残された物言わぬ一般庶民と同様に、「真相」を見抜いているものである。



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