文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

【小林秀雄とベルグソンとマルクス】(「月刊日本」連載中 ) 小林秀雄は、学者や知識人、文化人を厳しく批判する一方で、一般庶民や大衆、国民・・・を擁護している。「 国民は黙って事変に処した 」と、一般庶民たる国民の行動を賞賛している。呉座勇一と逆である。小林秀雄は、何故、どういう理由で、学者や知識人、文化人を、批判するのだろうか。

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小林秀雄ベルグソンマルクス】(「月刊日本」連載中 )

小林秀雄は、学者や知識人、文化人を厳しく批判する一方で、一般庶民や大衆、国民・・・を擁護している。「 国民は黙って事変に処した 」と、一般庶民たる国民の行動を賞賛している。呉座勇一と逆である。小林秀雄は、何故、どういう理由で、学者や知識人、文化人を、批判するのだろうか。

《 この事変に日本国民は黙って処したのである。これが今度の事変の最大特徴だ。事変とともに輩出したデマゴオク達は、自分達の指導原理が成功した様な錯覚を持っているだろうがそれはあらゆる場合にデマゴオクには必至の錯覚に過ぎぬ。 》(『満州の印象』)

小林秀雄が「 デマゴオグ達」というのは、学者や知識人、文化人等のことである。むろん、小林秀雄自身も、その種の学者や知識人、文化人の仲間だと言っていいが、ただ、小林秀雄は 、それを拒絶し、無知な.、物言わぬ一般庶民、一般国民の側に身を寄せようとしている。

《 「僕は政治的には無知な一国民として事変に処した。黙って処した。それについて今は何の後悔もしていない。…僕は歴史の必然性というものを、もっと恐ろしいものと考えている。僕は無知だから反省なぞしない。利口な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」(「コメディ・リテレール・小林秀雄を囲んで」1946年)》
「 僕は無知だから反省なぞしない。利口な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」という小林秀雄の言葉は強烈である。とても学者や知識人が口にするような言葉ではない。多くの学者や知識人が、軍国主義から平和主義へ転向していく中での、この強烈な「 反・転向宣言」は、どのような思考から生まれて来たのだろうか。

( 続く)

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