文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

【歴史学者亡国論(23)★トンデモ歴史学者=呉座勇一の正体!】 呉座勇一の著書『 応仁の乱』から『一揆の原理 』『陰謀の日本中世史 』『 戦争の日本中世史』と読んでいって 、そこに「メタフィジック」がないことに気づく。事実や現実や史料や文献を重視するあまり、メタフィジカルな思考が、あたかも妄想や空想の類と、つまり「 陰謀論 」と捉えられているように見える。要するに思想や哲学がないのだ。言い換えれば、存在論や存在論的思考がないのだ。だから、呉座勇一の歴史研究には 、史実や事実や事件しか書かれていない。意味

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歴史学者亡国論(23)★トンデモ歴史学者=呉座勇一の正体!】

呉座勇一の著書『 応仁の乱』から『一揆の原理 』『陰謀の日本中世史 』『 戦争の日本中世史』と読んでいって 、そこに「メタフィジック」がないことに気づく。事実や現実や史料や文献を重視するあまり、メタフィジカルな思考が、あたかも妄想や空想の類と、つまり「 陰謀論 」と捉えられているように見える。要するに思想や哲学がないのだ。言い換えれば、存在論存在論的思考がないのだ。だから、呉座勇一の歴史研究には 、史実や事実や事件しか書かれていない。意味や価値が書かれていない。呉座勇一は、おそらく、それが「歴史学」であり、「 学問としての歴史学 」だと言いたいのだろう。もし、そうだとすれば 歴史学とはみすぼらしい、味気ない学問である と言わなければならない。むとん、歴史は歴史学歴史学者のためにあるのではない。歴史を深くのために、歴史学歴史学者があるにすぎない。極論を言うならば 、我々にとって、必要なのは「 歴史 」であって、歴史学歴史学者などではない。たとえば 、呉座勇一は、陰謀論の見本の一つとして、『 オウム真理教事件』をあげている。「 あたまの良い奴ほど陰謀論にだまされやすい」好例として、オウム真理教事件をあげている。犯人たちの中には、確かに高学歴の若者たちが、沢山いた。しかし、オウム真理教事件を、陰謀論や高学歴問題に「 矮小化」することに、私は、同意できない。オウム真理教事件には、思想問題、宗教問題、哲学問題、つまり、「 メタフィジックな問題」が含まれていたはずである。そこを切り捨て、排除するのが、呉座勇一の「 歴史学」であり「学問としての歴史学 」である。我々が、歴史という学問を「 暗記もの」と言って軽視する所以である。呉座勇一の言う歴史学は、小・中学校や高校で学ぶレベルの歴史学にすぎない。オウム真理教事件が、我々につきつけたものは 、思想問題や宗教問題である。高学歴の青年たちは 陰謀論 に騙されただけなのか。そうではないだろう。それは、信仰や宗教の問題を、宗教社会学に還元することである。そこからは、信仰や宗教問題は抜け落ちている。言い換えれば、呉座勇一の歴史学は、思想問題や宗教問題、哲学問題を取り扱うことが出来ない。だから、呉座勇一を支持するらしいTwitterの住民たちの大半は、戦国ゲームにハマったゲーム青年や「 レキジョ 」である。


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