文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

【歴史学者亡国論(24)★トンデモ歴史学者=呉座勇一の正体!⠀】 私は、拙著『ネット右翼亡国論』で、言論一般について、『 情勢論・原理論・存在論』の三位一体論を提示した。情勢論だけの人、原理論( 学問的思考)まで深めた人 、それを「生き死にの原理 」(存在論 )まで問い詰めた人。呉座勇一の研究・言論活動は、何処に属するだろうか。私見によれば、呉座勇一の議論は底が浅く、最近の社会情勢を論じた、薄っぺらな「 情勢論 」に終始しているように見える。たとえば、『 一揆の原理』は、「 3・11東日本大震災」

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歴史学者亡国論(24)★トンデモ歴史学者=呉座勇一の正体!⠀】

私は、拙著『ネット右翼亡国論』で、言論一般について、『 情勢論・原理論・存在論』の三位一体論を提示した。情勢論だけの人、原理論( 学問的思考)まで深めた人 、それを「生き死にの原理 」(存在論 )まで問い詰めた人。呉座勇一の研究・言論活動は、何処に属するだろうか。私見によれば、呉座勇一の議論は底が浅く、最近の社会情勢を論じた、薄っぺらな「 情勢論 」に終始しているように見える。たとえば、『 一揆の原理』は、「 3・11東日本大震災」の時に、マスコミやジャーナリズムで、一時的に話題になった「きずな 」の話から始まり、それが、『 一揆の原理』全体の主要なモチーフになっている。いかにも、ノーテンキな「 似非学者」が飛び付きそうなテーマである。私は、もう何回も、同趣旨のテーマの「 作文( 論文?)」を読んだような気がする。ドストエフスキーの文学と東日本大震災を結びつけた東大教授もいたような・・・。私は、その度に、「 東日本大震災なんて知らないよ!」「 私にはなんの関係もなかった!」とつぶやくことにしている。安易すぎるのだ。呉座勇一によると、「 一揆」は、民衆の蜂起によって、権力に反抗し、権力打倒を目指す「 階級闘争」的なものではなく、民衆が「 きずな 」を確認する、極めて穏やかなものだった、という。その具体例として、「 一揆」とも呼ばれることもある「60年安保闘争 」の「 歌声喫茶」をとりあげている。歌声喫茶で、革命闘争を命懸けで闘っていた学生や労働者もいたかもしれないが、それは一部であって、楽しく歌っていた学生・労働者たちもいた、と。そして、呉座勇一は、「 階級闘争史観 」的な歴史解釈なるものを批判・否定する。しかし、呉座勇一の、そこでの「 階級闘争史観 」の批判・否定の仕方は、実に 安易であり、凡庸である。「 小学生・国語辞典 」から引用したのではないかと思われるような単純素朴な文章で終わりである。階級闘争史観や唯物史観マルクス主義史観に対しては、私も批判的だが、呉座勇一ほど、安直には批判したくない。私は、小林秀雄昭和10年前後における「 唯物史観批判 」や「 ヘーゲル歴史哲学批判 」、あるいは吉本隆明による「 60年安保闘争批判」、さらに言えば、戦前の講座派と労農派の「日本資本主義論争 」などを 既に読んでいるので、呉座勇一の「 階級闘争史観批判」が、実にお座なりの、いい加減なものに見えてくる。この素朴な「階級闘争史観批判!」 は、呉座勇一の持ちネタらしく、40万か50万部のベストセラーになったという『 応仁の乱』その他でも繰り返されている。こんな程度の思想的レベルのもので、「 東大博士号」はもらえるものなのかと思うと、日本の歴史学という学問の悲惨な現状にガックリくる。呉座勇一の指導教授や論文集審査員は誰と誰だったのか。興味がわいてくる。まさか、最近の東大は、「 博士号」の粗製濫造機関に成り下がっているんじゃないだろうな・・・(笑)。
( 続く)




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