文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

【歴史学者亡国論( 26)★トンデモ歴史学者=呉座勇一の正体】 一昨日(4/28 )、都内某所で、「山崎行太郎=哲学研究会 」を開催した。取り上げたテーマは「 呉座勇一問題。」。我が哲学研究会は少数精鋭主義をモットーとしているので参加者は少なかったが、「歴史 とは何か」「 歴史学とは何か 」「 歴史学者とは何か 」などについて、ヘーゲルの『歴史哲学講義 』 、柄谷行人の『哲学の起源』、小林秀雄の『歴史と文学 』などを参考資料にしながら、小生の見解を講義し、後に討論会。呉座勇一は 、論じるに値しない

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歴史学者亡国論( 26)★トンデモ歴史学者=呉座勇一の正体】

一昨日(4/28 )、都内某所で、「山崎行太郎=哲学研究会 」を開催した。取り上げたテーマは「 呉座勇一問題。」。我が哲学研究会は少数精鋭主義をモットーとしているので参加者は少なかったが、「歴史 とは何か」「 歴史学とは何か 」「 歴史学者とは何か 」などについて、ヘーゲルの『歴史哲学講義 』 、柄谷行人の『哲学の起源』、小林秀雄の『歴史と文学 』などを参考資料にしながら、小生の見解を講義し、後に討論会。呉座勇一は 、論じるに値しない単なる歴史マニアであり、思想的思考も哲学的思考も、存在論的思考もないことを確認。さらに昨日( 4/29)は、午後1時から立川駅ビルの朝日カルチャーセンターの「 小説創作講座」で講義。その後は、別の都内某所の居酒屋で、呉座勇一の蔑視する「 在野の歴史研究者」たちと、「呉座勇一問題 」をめぐって、意見交換。呉座勇一批判で盛り上がる。その「在野の歴史研究者 」の一人の某氏から、「 皇国史観」で有名な東京帝国大学教授=平泉澄の『国史学の骨髄 』という貴重な本を「 贈呈」される。呉座勇一は皇国史観なぞ陰謀論の最たるものと唾棄し、切り捨てるかもしれないが、賛成するか、賛成しないかは別として、皇国史観なくして日本や日本人の歴史は存在しない、と言っていい。今、まさに「 平成の御代(みよ 」から「 令和の御代( みよ)」へ、日本の歴史は受け継がれようとしている。この時間の区切り方は 、つまり時間の支配の仕方は、今更、言うまでもなく「 皇国史観 」に基づいている。ところで、平泉澄が、晩年、インタビューを受けた際(聴きては歴史学者伊藤隆? ) 、日本刀を振り上げ、「 これが日本精神だ! 」と言ったとい話や、「ブタに歴史はあるのか 」と言った話などが伝えられているらしい。なかなか面白い話だ。私も、かねがね、「ブタに歴史はない・・・ 」「人間がいるから歴史はある ・・・ 」「人間のいないところに歴史はない・・・ 」などというのが口癖なので、平泉澄に、急に親近感が湧いてきた。平泉澄が日本刀を振り上げた話を、聞き役だった東大国史の大学院生たちは、「くすくす 笑っていたらしい 」が、彼等、凡庸な東大大学院生たちは、赤軍派による「 ヨド号ハイジャック事件」の犯人たちが日本刀を機内に持ち込み、振り上げた話や、それに感動し、深く影響を受けた作家の三島由紀夫が、1970年の「市ヶ谷事件 」、つまり「 切腹=介錯事件」で、日本刀を使ったという話などには興味も関心もないのだろう。まさに「ブタに歴史はない 」である。呉座勇一も、ブタの一人だろう。三島由紀夫は「東大を動物園にしろ 」と言ったが、三島由紀夫がいうまでもなく、既に動物園になっているのかもしれない。




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