文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『南洲伝』覚書(4)ー明治天皇と西郷南洲。 征韓論論争の山場は、太政大臣=三条実美の「 急病」であった。三条は、明治6年、3月18日、急病で、意識不明の人事不省に陥る。三条は、西郷等の征韓論推進派と、岩倉・大久保等の反征韓論派の激しい対立・抗争に巻き込まれて、最高責任者として追い詰められていたことは確かである。しかし、この肝心な時に「 倒れた 」ことには、疑問の余地が残る。大久保利通等は、この「三条、倒れる 」を、絶好の機会とみて、得意の宮廷工作を開始する。素早く三条実美太政大臣の代理として、岩倉具


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「 南洲伝』覚書(4)ー明治天皇西郷南洲

征韓論論争の山場は、太政大臣=三条実美の「 急病」であった。三条は、明治6年、3月18日、急病で、意識不明の人事不省に陥る。三条は、西郷等の征韓論推進派と、岩倉・大久保等の反征韓論派の激しい対立・抗争に巻き込まれて、最高責任者として追い詰められていたことは確かである。しかし、この肝心な時に「 倒れた 」ことには、疑問の余地が残る。大久保利通等は、この「三条、倒れる 」を、絶好の機会とみて、得意の宮廷工作を開始する。素早く三条実美太政大臣の代理として、岩倉具視を推す。明治天皇は、大久保利通等の思惑通りに、三条邸を訪れ、見舞った後、岩倉具視邸まで足を伸ばし、三条実美に代って、正式に岩倉具視に代理を命じる。私は、この「三条実美急病 」に、あまりにも不謹慎厨かもしれないが、幕末の「孝明天皇急死事件 」を連想する。この「 孝明天皇急死事件」にも、岩倉具視大久保利通が絡んでいると見られているが、「 三条急病」にも、岩倉具視大久保利通が何らかの形で関わっていたのではないか、と私は思っている。三条実美が倒れた夜は、西郷が三条邸を訊ねて、夜明けまで議論している。そしてその日は、西郷等の主張する「 使節派遣」を、三条太政大臣は、天皇に奏上する予定だった。西郷が三条邸を引き揚げた後で、三条実美は倒れた。西郷が、激しく三条実美を追求したことも事実だろう。しかし、あまりにもタイミングが良すぎる。西郷等の強気の攻勢に、崖っぷちに追い詰められていた大久保利通は、この前後、「一つの秘策あり 」と周辺に漏らしていた。大久保のいう「 秘策」とは何だったのか。明治天皇を巻き込む「秘策 」だったと、私は
想像する。



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