文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『南洲伝』覚書(9)ー明治天皇と西郷南洲。 江藤淳は、『南洲残影』で、西郷の全的滅亡を、「 歌」を中心軸に描いている。たとえば、軍隊の行進曲「 抜刀隊」の歌、「 孝女白菊の歌」、「 一かけ、二かけ 、三かけて」という童歌。それらに勝海舟の「 城山 」という薩摩琵琶歌を加えてもよい。不思議なことに、いづれも西郷の全的滅亡を、哀愁を込めて歌っている。軍隊から庶民、婦女子、幼児まで、近代の日本国民の多くは、「逆賊 」である西郷の悲劇を歌ってきたと言っていい。そこに、江藤淳は注目する。何故か。おそらく、歴史


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『南洲伝』覚書(9)ー明治天皇西郷南洲

江藤淳は、『南洲残影』で、西郷の全的滅亡を、「 歌」を中心軸に描いている。たとえば、軍隊の行進曲「 抜刀隊」の歌、「 孝女白菊の歌」、「 一かけ、二かけ 、三かけて」という童歌。それらに勝海舟の「 城山 」という薩摩琵琶歌を加えてもよい。不思議なことに、いづれも西郷の全的滅亡を、哀愁を込めて歌っている。軍隊から庶民、婦女子、幼児まで、近代の日本国民の多くは、「逆賊 」である西郷の悲劇を歌ってきたと言っていい。そこに、江藤淳は注目する。何故か。おそらく、歴史学者や大衆作家たちが描く「 勝者の歴史」から、抜け落ちてしまった「 もう一つの歴史」が、そこにあるからではないか。ところで、「家近良樹 」という歴史学者がいる。ホンモノの歴史学者かどうかは知らないが 、一応、西郷隆盛研究の専門家の一人らしく、厚いだけが取り柄の膨大な量の『 西郷隆盛』( ミネルヴァ書房 )を、2017年8月10日に出版している。さらに、同年11月には、『 西郷隆盛、維新150年目の真実』( NHK出版新書)という啓蒙本を出版している。私は、先日、日大芸術学部図書館で、『 西郷隆盛』を見つけたので、講義が終わったあと 、時間があったので、半日をかけて熟読した。予想通り、史料や文献を並べただけの 、いわゆる、呉座勇一の言う歴史学者の無味乾燥な「研究書 」だった。巻末に膨大な史料や参考文献が列記されているが、江藤淳の『南洲残影』はない。中江兆民福沢諭吉も、内村鑑三頭山満三島由紀夫もない。なるほど、「 歴史学者」(笑)らしく第一次史料を重視、優先したのかもしれないが、「研究書 」や「 研究論文」の項目にもなぃ。意識して排除したのかもしれないが、私から見れば、明らかに勉強不足である。たとえば、家近良樹は、『 西郷隆盛、維新150年目の真実』( NHK出版新書)という啓蒙本で、芥川龍之介の短編小説『 西郷隆盛』を最近まで知らなかったと書いている。さらに、『 一かけ、二かけ・・・ 』という童歌を、高橋源一郎から教えられたらという。実は、その童歌は、江藤淳の『南洲残影』の最後に全文が出ている。江藤淳をよく読んでいる高橋源一郎は、江藤淳の本( 『南洲残影』)を念頭に、その話をしたはずである。しかし、家近良樹という歴史学者は、江藤淳の『南洲残影』という西郷隆盛論を読んでいないのみならず、童歌『一かけ、二かけ・・・ 』を引用しているが、それさえ正確ではない。呉座勇一には、申し訳ないが、歴史学者というのは、業界内部の話にしか興味のない専門馬鹿、要するに思想や哲学、文学などに無関心な劣等人種らしいことが分かる。





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