文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

パンツを脱いだサル=呉座勇一に告ぐ(2)・・・呉座勇一よ、パンツぐらい穿けよ。(笑)

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パンツを脱いだサル=呉座勇一に告ぐ(2)・・・呉座勇一よ、パンツぐらい穿けよ。(笑)

トンデモ歴史学者=呉座勇一から「 恐喝メール」の続報が、Twitterのリクエストメール欄に届いていた。私、普段、そういうところは見ない。気が付かなかった。というわけで、以下に、呉座勇一からの新着の恐喝メールを、ノーカット、伏字なしで公開する。呉座勇一が勤務するらしい「国際日本文化研究センター」は、こういう「 恐喝メール」を推奨しているのだろうか。不可解な組織である。即、解体=解散せよ、と申し上げたい。

▼▼▼以下引用▼▼ ▼

Yuichi Goza
あなたがわめき散らしていることは、岸山さんが、佐藤優さんと月刊日本に伝えています。佐藤さんも月刊日本も呆れているらしいですよ。いい加減にしないと、あなたの数少ない仕事にも支障が出ると思いますよ。
2019年4月17日 午前9:40

Yuichi Goza
保守論壇亡国論』も文章がひどすぎて、月刊日本の編集者が手を入れまくってようやく本になったそうじゃないですか? 文筆家として恥ずかしくないんですか? 他人を誹謗中傷する前に自らを省みてはいかがですか?
2019年4月17日 午後8:39

Yuichi Goza
そんなに私への批判にご執心で、ご自身の主張に自信がおありなら、ご自身の過疎ブログではなく、『月刊日本』でも何でも、どこかの雑誌に寄稿されてはいかがですか? まああなたの駄文を載せてくれる商業雑誌はどこにもないと思いますけど。
2019年4月28日 午前11:1
▲▲▲引用終了▲▲▲

出版社や編集者たちを巻き込んで、言論弾圧言論統制に勤しんでいる呉座勇一の「恐喝メール 」を、ビールと芋焼酎を、チビリチビリやりながら、見ていると、江藤淳の『 ユダの季節ーー私語と徒党ー』とかいう論考を思い出した。さすがに江藤淳先生の時代には、「 恐喝メール」 を送り付けるような卑劣漢は、いなかっただろうが・・・。
さて、前回は、某社の某編集者の名前は伏字にしておいたが、どうも、この某社の某編集者が、呉座勇一の黒幕として 、積極的に暗躍しているようだから、実名を暴露しておく。角川書店( KADOGAWA )の編集者「 岸山某 」である。私と交流があった頃は角川書店( KADOGAWA )の契約社員だったと思うが・・・。
昨日は、「『 月刊日本 』を叱咤激励する会 」が、東京プレスセンターで行われた。亀井静香先生、村上正邦先生をはじめ、錚々たるメンバーが出席し、挨拶を行ったが、小生も指名されたので、ドンジリで、一言、スピーチさせていただいた。「 雑誌の命は、論争」「論争は堂々とやりましょう」と喋べったが・・・。
私は、角川書店の「 岸山某 」も参加しているかなと思って、会場を、何回も見回したが、「岸山某 」は欠席だったようだ。「お前、嘘ばっかり、つくなよ 」と一言、言ってやろうと思っていたのだが・・・。
最近の出版界では、岸山某のような編集者が、有名ライターの名前を使って、売れそうな小学生向けのレベルの幼稚な原稿を書き、ダボン( 堕本 )を、日夜、粗製濫造しているらしい。本が売れなくなるはずである。誰も、岸山某やその仲間のような文章能力ZEROの無知無学の三流編集者が、鼻歌でも歌いながら、書き飛ばしたようなダボンを、わざわざ買ってまで、読むはずがない。時間とカネの無駄である。それが、出版不況の根本原因であるのだが、この連中にはわからないらしい 。世も末である。
それに、言っておくが、私には 、商業出版や商業雑誌への未練はない。私は、何回も言ったことだが、パソコン業界に「Windows95」が登場した頃、要するに「SNS」の時代の到来とともに、商業雑誌(文芸誌 )への未練を断ち切ったところから再出発している。その頃までは、まだ「 文芸評論家」というものが、生存、棲息し、商業誌( 文芸誌 )で活躍していた。私も、商業誌(文芸誌 )の末端で 、右往左往していた。
しかし、その頃から、次第に「 文芸評論家」は、商業出版や商業雑誌・・・から排除、追放されていき 、まともな「文芸評論家 」は絶滅危惧種になっていった。「文芸評論家」の代わりに、登場して来たのが、毒にも薬にもならない「似非学者」や「御用ライター(笑)」だった 。「似非学者」や「御用ライター(笑)」が、跋扈する時代へ。それと同時に、批評と論争が消滅する。それは、文壇や論壇だけのことではない。政界も経済界も同じだ。そしてその結果 、日本の衰退 が始まり、「 第二の敗戦 」( 江藤淳)が現実化する。
先日、亡くなった加藤典洋氏は、当時の「 若手文芸評論家」で、唯一の生き残りであった。何故、加藤典洋氏だけが生き残ったのか、謎だが、なんとなく分かるような気もするが・・・。「批評のない文芸評論家???」だったからからではないか。








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