文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『南洲伝』覚書(19)ー西郷南洲と重野安繹。 呉座勇一のような三流の歴史学者に、いつまでもこだわってはいられないので、また何か「事故」でも起きたら呉座勇一問題に移ることにして 、『南洲伝 』の続編へ戻る。ところで、どうでもいいことだが、呉座勇一のTwitterは、「 凍結」されたらしい。しばらく、「 恐喝メール 」(笑)も送れないというわけだ。私は、『西郷南洲伝』を書くにあたって、呉座勇一と同類の歴史学者たちの「 西郷研究」にも目を通してみたが、まったく役に立たないこと、すぐに分かった。そこには、何

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『南洲伝』覚書(19)ー西郷南洲と重野安繹。

呉座勇一のような三流の歴史学者に、いつまでもこだわってはいられないので、また何か「事故」でも起きたら呉座勇一問題に移ることにして 、『南洲伝 』の続編へ戻る。ところで、どうでもいいことだが、呉座勇一のTwitterは、「 凍結」されたらしい。しばらく、「 恐喝メール 」(笑)も送れないというわけだ。私は、『西郷南洲伝』を書くにあたって、呉座勇一と同類の歴史学者たちの「 西郷研究」にも目を通してみたが、まったく役に立たないこと、すぐに分かった。そこには、何月何日に、何が起こった・・・、何月何日、誰と誰が殺された・・・、誰が勝って誰が負けた・・・、というような些末な話しか記されていない。私が『南洲伝 』で書きたいのは、そういう話ではない。私は、西郷という人物を、「政治的人間」、「哲学的人間」、「宗教的人間」という三つの視覚から、総合的に、あるいは多角的 、重層的に書いてみたいのである。私が、鹿児島の山奥の少年だった時に、「西郷さん 」について聞いた話は、別府晋介介錯されて、「 死んだ話 」ばかりだった。西郷が明治維新で活躍する話などほとんど聞いたことがなかった。私は、直感的に、「西郷さんは、宗教的人間なのだ 」と思った。私は、最近、『 日本人とユダヤ人』で有名な山本七平が、西郷を、「聖人 」とか「殉教者」とか呼んでいるのを知って、「 なるほど 」と納得した。しかし、歴史学者たちは、そういう問題に触れない。おそらく 、西郷の学問や思想や宗教などに、触れることも論じることもできないのだろう。「陽明学とは何か・・・ 」「西郷の漢詩とは何か・・・ 」「 水戸学とは何か ・・・」というような問題。私は、かなり以前に、『小説三島由紀夫事件』を書いた時、三島由紀夫がこだわっていた「陽明学 」や『葉隠 』に、強い関心を持った。三島由紀夫を理解するには「 陽明学 」や「 葉隠」を理解する必要がある、と。そもそも三島由紀夫には『葉隠入門 』や『革命の哲学としての陽明学 』などの著書や論考もある。そのうち、「 歴史学者」たちが、三島由紀夫三島由紀夫事件を取り上げる時代が来るだろう。その時、三島由紀夫の文学的問題も思想的問題も 宗教的問題も、すべて「 死ぬ 」のだろう。しかし、残念ながら、三島由紀夫の場合は、「 歴史学者」には、手も足も出ないだろう。西郷についても、同じはずである。だから、重野安繹(しげの=やすつぐ )が、「歴史学者 」として、どんなに優秀でも、また、時の権力者=大久保利通に直々に依頼されたにもかかわらず 、「西郷伝 」を書き残すことは出来なかったのである。断片的な人物論や感想が遺されいるだけである。私の想像するに、奄美大島時代、三日三晩、夜を徹して、語り合ったこともある重野であったからこそ、重野安繹的な「 近代実証主義歴史学 」では、西郷の全体像を描くのに、歯が立たないことを知っていたのである。ちなみに、重野安繹(しげの=やすつぐ )は、「歴史学者 」として「児島高徳論」や楠木正成論」などを書き、文献や史料を武器に、「 児島高徳はいなかった 」「 楠木正成はいなかった 」などという抹殺論を、久米某( 東大国史学科教授 )らとともに、展開し、「抹殺博士」と呼ばれていた。しかし、彼等の方が、東京帝国大学の教壇を追われ、皮肉なことに「 抹殺」されている。

( 続く)




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