文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『南洲伝』覚書(25)ー大久保利通と重野安繹。 西南戦争で西郷が戦死した直後、大久保利通邸で、大久保利通と、駆け付けてきた重野安繹の二人が、話し込んでいた。そして、大久保利通が、例の「秘密の 話 」を語り始めた。「私が、西郷のことは、一番よく知っている。」「西郷と私以外、誰も知らない話がある。」と。この話は、重野安繹だけが聞いた話、ということになっている。しかし、大久保利通の周辺には、この話を、大久保利通から聞いたという人は、重野安繹だけではなかった。薩摩藩出身の本田親雄や五代友厚等も、「秘密の話 」

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『南洲伝』覚書(25)ー大久保利通と重野安繹。

西南戦争で西郷が戦死した直後、大久保利通邸で、大久保利通と、駆け付けてきた重野安繹の二人が、話し込んでいた。そして、大久保利通が、例の「秘密の 話 」を語り始めた。「私が、西郷のことは、一番よく知っている。」「西郷と私以外、誰も知らない話がある。」と。この話は、重野安繹だけが聞いた話、ということになっている。しかし、大久保利通の周辺には、この話を、大久保利通から聞いたという人は、重野安繹だけではなかった。薩摩藩出身の本田親雄や五代友厚等も、「秘密の話 」を、大久保利通から聞いている。何故なのか。
重野安繹に戻る。重野安繹の証言によると、大久保利通はこう語っている 。
▼▼ ▼▼▼▼以下引用▼▼ ▼▼▼ ▼
「われと南洲との交情は、一朝一夕のことではない。然るに彼は賊名を負って空しく逝き、今や世人は、その精神のあったところを誤解しようとしている。これほど遺憾なことはない。」
「その精神と勲業を天下に表白し、その遺徳を後世に伝えられる者は予をおいて他にその人はない」( 重野安繹『重野博士史学論文集』下巻「西郷南洲逸話」より)
▲▲▲▲▲▲引用終了▲▲▲▲▲▲

ちょっと、出来すぎた話ではないだろうか。私は、大久保利通の話を信用しない。大久保利通には大久保利通なりの謀略があり、その片棒を担いだのが、重野安繹であった。大久保利通は、「 然るに彼は賊名を負って空しく逝き、今や世人は、その精神のあったところを誤解しようとしている。 」と言っているが、逆だろう。「世人 」、つまり一般庶民や一般国民は、「誤解」などしていない。西郷を、「賊軍の賊将 」「逆賊 」などとは思っていない。むしろ大久保利通を、「 西郷殺し」の主犯だと思っている。西郷死後、西郷星が現れたり、錦絵が刷られたり、歌舞伎座で上演されて、大入り満員だった。西郷は「 賊軍の賊将」どころか、国民的な民衆のヒーローとなった、それに危機感を抱いたのが大久保利通である。西郷を「 賊軍の賊将」と思っているのは、大久保利通やその周辺の「官軍 」( 明治新政府 )側の人間だけだろう。大久保利通は、庶民や大衆に浸透している「西郷 ブーム 」を恐れたのだろう。
さて、重野安繹という人物がどういう人物だったかを知らずに、「重野証言」を鵜呑みにすることは危険である。重野安繹は、権力や体制に媚び諂うことによって、立身出世することを人生の目標とする俗物であった。以下は 、重野安繹の 証言で、多くの歴史学者や歴史作家が、鵜呑みにして、「 孫引き 」を繰り返しているが・・・。
▼▼▼▼▼▼以下引用▼▼▼▼▼▼
「西郷は兎角相手を取る性質がある。是は西郷の悪いところである。自分にもそれは悪いといふことを云つて居た。さうして其の相手をばひどく憎む塩梅がある。西郷といふ人は一体大度量のある人物ではない。人は豪傑肌であるけれども、度量が大きいとは云へない。謂はゞ度量が偏狭である。度量が偏狭であるから、西南の役などが起るのである。世間の人は大変度量の広い人のやうに思つて居るが、それは皮相の見で、矢張敵を持つ性質である。トウトウ敵を持つて、それがために自分も倒れるに至つた。」(105頁)
▲▲▲▲▲▲引用終了▲▲▲▲▲▲
重野安繹が 、西郷を評して、「大度量の人ではない」「狭量の人だ 」というのは、重野安繹という人物を知っていると、笑ってしまうような証言でしかない。重野安繹は、たしかに立派な経歴の持ち主で、頭脳明晰な秀才ではあっただろうが、人間的にも思想的にも、取るに足らない、いわゆる軽薄才子でしかなかった。業績が貧弱なのが、その証拠だろう。司馬遼太郎あたりは、この「重野証言」を信用した上で、その西郷論を重視して、自分の西郷論を組み建てたようだが、司馬遼太郎には人を見る目がないと言って良い。重野安繹は、年下の大久保利通に媚へ諂い、大久保利通を擁護する立場から、そのライバルであり、最終的には宿敵となった西郷を、その信用失墜を狙って、誹謗中傷する「 証言」を行っているのである。全てが嘘ではないだろうが、大分、割り引いて考えなければならないと私は思う。

( 続く)

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