文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『南洲伝』覚書(28)ー薩摩藩・東京残留組の「西郷殺しのトラウマ」 ■大久保利通を筆頭とする薩摩藩・東京残留組の「西郷殺しのトラウマ」は、かなり深刻だった。彼等は西南戦争の主導者は、桐野利秋等であると主張し、西郷を殺したのは、自分たちではない、と言い張った。西郷の弟・西郷従道、黒田清輝、川路利良、川村純義・・・。西南戦争の勝利で、彼等の立身出世、高位高官、は保証されたものの、その心理的代償も大きかった。特に西郷の弟・西郷従道は、終始一貫、西南戦争を主導したのは桐野利秋らであって、兄・西郷隆盛は、「桐野利

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※『南洲伝』覚書(28)ー薩摩藩・東京残留組の「西郷殺しのトラウマ」

大久保利通を筆頭とする薩摩藩・東京残留組の「西郷殺しのトラウマ」は、かなり深刻だった。彼等は西南戦争の主導者は、桐野利秋等であると主張し、西郷を殺したのは、自分たちではない、と言い張った。西郷の弟・西郷従道黒田清隆川路利良、川村純義・・・。西南戦争の勝利で、彼等の立身出世、高位高官、は保証されたものの、その心理的代償も大きかった。特に西郷の弟・西郷従道は、終始一貫、西南戦争を主導したのは桐野利秋らであって、兄・西郷隆盛は、「桐野利秋等に、騙されたのだ」と言い続けた。しかし、その弟・西郷従道でさえ、西郷隆盛の死を聞くと、泣き崩れたと言われる。そして、仕事をすべて投げ出し、隠棲すると言い出している。引き留めたのは大久保利通である。しかし、大久保利通自身が、もっとも「西郷殺しのトラウマ」に憑りつかれていた。黒田清隆や川村純義は言うまでもないだろう。西郷の名誉回復や上野の「西郷隆盛像」の建立を推進した川村純義、吉井友実松方正義樺山資紀等は、そうすることによって、「西郷殺しのトラウマ」から逃れようとしたのだろう。彼らが虐殺した「荒ぶる神・西郷隆盛の怨霊」を、「西郷隆盛像」に封じ込めようとしたのであろう。■鹿児島生まれの素朴な少年だった私は、長い間、薩摩藩(鹿児島)・東京残留組の面々の名前を、大久保利通以外は知らなかった。西郷とともに城山で討ち死にした別府晋助や桐野利秋村田新八・・・の名前は知っていたが、川村純義とか吉井友実とか川路利良とか・・・、彼等の名前は、知らなかった。聞いたことがあったかもしれないが、記憶にない。昨年のNHKの大河ドラマ『西郷ドン』放映の前後から、彼等やその子孫たちの動きが活発なようである。西南戦争で討ち死にした薩軍=賊軍派の戦士達が眠る南洲墓地の傍らに、大久保利通の慰霊碑が建てられている。大久保利通追悼の慰霊祭も毎年、おこなわれているらしい。「和解の慰霊祭」だという。誰のための「和解」なのか。言うまでもなく、東京残留組のための「和解の慰霊祭」だろう。「宮下某」という鹿児島のインチキ坊主や「原口泉」というインチキ歴史学者等が中心の行事らしい。馬鹿馬鹿しい、と私は思う。NHKのドラマ『西郷ドン』が、鹿児島県以外で不人気だった理由の一端は、そこにあったのではないか、と私は推測する。西郷は、西南戦争あっての西郷南洲であり西郷隆盛である。一般庶民も日本国民も、そう思っている。NHK主催の『西郷ドン展覧会』が、上野の東京芸大ホールで行われたが、全く失望させられる内容だった。そこには、桐野利秋や別府晋助・・・などは影も形もなかった。NHKの『西郷ドン』が不人気だったのは 、「西南戦争はなかった」かのように描いたからである。江藤淳は、『南洲残影』で、「西南戦争はまだ終わっていない」と言っているが、誠に慧眼というほかはない。NHKの大河ドラマ『西郷ドン』は、西南戦争など忘れたかのような、「西郷と大久保の『友情物語』」に重点を置いていた。西郷南洲=西郷隆盛の本質(陽明学永久革命論)を無視した通俗的メロドラマであった。■

( 続く)

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