文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『 南洲伝 』覚書(44)ー朱子学と陽明学(4) 朱子学と陽明学の差異という視点から、西南戦争を例にとって見てみよう。西郷南洲と西郷軍、つまり薩軍は、賊軍として徹底的に負けた。政府軍の大勝利に終わった。西郷南洲も桐野利秋も、村田新八も別府晋助も、無惨な形で討死した。死体は、官軍兵士たちによって傷つけられ、身ぐるみ剥がれ、裸にされ、そのまま放置された。この結果を見て、多くの人は、考えはじめただろうと思う。「勝てば官軍、負ければ賊軍」と。そして勝者史観が成立する。西郷南洲の「大敗北」、大久保利通の「大勝利」・

・・・・・にほんブログ村 政治ブログへ・・


『 南洲伝 』覚書(44)ー朱子学と陽明学(4)
朱子学と陽明学の差異という視点から、西南戦争を例にとって見てみよう。西郷南洲と西郷軍、つまり薩軍は、賊軍として徹底的に負けた。政府軍の大勝利に終わった。西郷南洲も桐野利秋も、村田新八も別府晋助も、無惨な形で討死した。死体は、官軍兵士たちによって傷つけられ、身ぐるみ剥がれ、裸にされ、そのまま放置された。この結果を見て、多くの人は、考えはじめただろうと思う。「勝てば官軍、負ければ賊軍」と。そして勝者史観が成立する。西郷南洲の「大敗北」、大久保利通の「大勝利」・・・というのが現実的結果だった。この結果から、「西郷南洲とは何か」「大久保利通とは何か」と、考えることは難しい。もう答えは出ているからだ。多くの歴史学者が、「西郷南洲は、何故、負けたのか」と書いている。そして、西郷南洲が負けた理由を、これでもか、これでもか、と書き連ねている。歴史学者というものが、実に凡庸な精神の持ち主だということがよく分かる。歴史学者には、「歴史的事実」しか理解出来ぬものらしい。歴史の底に沈んでいる精神も思想も哲学も、全く無縁な人種が、歴史学者らしい。歴史学者は、朱子学にも陽明学にもあまり興味はないらしい。西南戦争が、思想的戦いでもあったということなど、眼中に無いらしい。私見によれば西南戦争は、朱子学と陽明学の戦いでもあった。
◼私は、江藤淳の『南洲残影 』を読んで、初めて、西南戦争の意味が分かった。少なくとも、私は、そう思った。江藤淳は、「負けるべき戦い」を、政府と政府軍、つまり官軍を相手に 、最後まで戦い抜いた西郷南洲とその仲間たちの「大敗北」を称賛、賛美するために、『南洲残影 』を書いている。偉大なる敗北というわけである。しかし、江藤淳と同じように考えた人は少なくない。名もなき、物言わぬ一般庶民や一般大衆である。彼等は、西郷南洲や桐野利秋らの「大敗北」を、我が亊のように感じ、深く同情し、ひそかに反撃、復讐を念願した。歴史学者や知識人、文化人は、そういう考え方を、「判官贔屓」だと言って嘲笑している。なるほど、無知蒙昧の一般庶民の「判官贔屓」かもしれない。しかし、もしそういう理屈が通用するなら、江藤淳の『南洲残影 』も、無知蒙昧な文芸評論家による荒唐無稽な「判官贔屓」ということになる。果たしてそうなのか。むろん、そうではないだろう。江藤淳の前にも、中江兆民や福沢諭吉が、さらには内村鑑三や三島由紀夫等がいる。彼等は、西郷南洲の「大敗北」を認めつつ 、それを擁護し、弁護し、崇拝している。つまり、歴史学者たちとは異なる見方をするのは、一般庶民だけではない。政府の公式見解(大本営発表?)や、歴史学者たちの唱える「通説」を、全く信用しない人々が、無数にいるということだろう。
◼江藤淳は歴史的事実の背後に、精神や思想や哲学を見出している。「負けたから駄目だ」というような素朴な現実主義ではなく、「負けたことに思想的意味がある」という理想主義的な見方への転換である。江藤淳は、『海舟余波 』や『近代以前 』を書いていた頃は、前者だった。しかし、『南洲残影 』を書いた江藤淳は、明らかに後者である。ここに矛盾はないのか。矛盾はある。江藤淳の『南洲残影 』は、その矛盾の上に成り立っている。この矛盾を理解出来ぬものには、西南戦争の歴史的真実も、西郷南洲の「大敗北」の思想的真実も見えてこないだろう。
◼大久保利通の「腰巾着」となっていた歴史学者・重野安繹(しげの・やすつぐ)は、西郷南洲の死を知るや、直ちに、大久保利通邸を訪問した。重野安繹は、後の東京帝国大学国史学科教授の重野安繹である。重野安繹は、少年時代から秀才の誉れが高く、造士館を経て、江戸に出て、昌平黌に学び、昌平黌でも優等生で通し、安井息軒など教授連にも可愛がられていた。島津斉彬に随行して江戸に登場した西郷を、水戸学派の藤田東湖などに紹介したのも重野安繹だった。しかも、重野安繹は、ある不祥事に巻きこまれ、奄美大島に流刑の身であったが、奇遇と言うべきか、そこへ、西郷も島流しで、現れ、交遊が始まったのだった。西郷と重野安繹は、思想的に意気投合したわけではなかったが、不思議な縁で、結ばれていた。漢学者、朱子学者としての重野安繹の学識は、西郷よりはるかに優っており、奄美大島時代の西郷は、重野安繹から多くのものを学んだと思わる。西郷が漢詩を作り始めたのも、この頃であった。(続く)



]
👈応援クリックよろしくお願いします!


-------------ーーーー


以下は、山崎行太郎の書籍の紹介です。
⬇⬇⬇


f:id:yamazakikotaro:20190624224835j:plain
⬇︎⬇︎⬇︎
適菜収氏と小生との対談集。



f:id:yamazakikotaro:20190629101607p:plain
⬇︎⬇︎⬇︎
「ネット右翼」の表層構造( イデオロギー)と深層構造( 存在論)を論じる。ネット右翼には「歴史的必然性」もある。



⬇︎⬇︎⬇︎
安倍政権は「ネット右翼政権」である。安倍政権の正体を知りたければ、これを読むべし。最近の日本の「保守」は「エセ保守」ばかり。山崎行太郎著『保守論壇亡国論』と、佐高信氏との対談集『曽野綾子大批判』は、安倍政権とそれを支持する現代日本人の「思想的劣化」=「政治的劣化」=「反知性主義化」を哲学的に分析・解明しています!


http://www.amazon.co.jp/gp/product/4906674526?ie=UTF8&at=&force-full-site=1&ref_=aw_bottom_links



「曽野綾子批判」の元祖・佐高信氏と、「沖縄集団自決論争」以来、曽野綾子批判を続ける山崎行太郎との過激な対談集。
⬇︎⬇︎⬇︎
Amazon
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4906674577?ie=UTF8&at=&force-full-site=1&ref_=aw_bottom_links


『それでも私は小沢一郎を断固支持する』

文芸評論家・江藤淳の「小沢一郎論」をヒントに、「政治家・小沢一郎」の思想と行動を論じた存在論的政治家論。
⬇︎⬇︎⬇︎
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4862860605?ie=UTF8&at=&force-full-site=1&ref_=aw_bottom_links





イデオロギー的な観点からではなく、存在論的観点から「三島事件」の本質を解明した異色の三島由紀夫論

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4946515577?ie=UTF8&at=&force-full-site=1&ref_=aw_bottom_links




柄谷行人氏が絶讃、推薦した山崎行太郎の処女作。哲学者・文藝評論家=「山崎行太郎」誕生の書。
⬇︎⬇︎⬇︎
Amazon
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4882024977?ie=UTF8&at=&force-full-site=1&ref_=aw_bottom_links


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

(続きは、「イデオロギーから存在論へ」「文学や哲学を知らずして政治や経済、軍事をかたるなかれ」がモットーの『思想家・山崎行太郎のすべて』が分かる!!!有料メールマガジン『週刊・山崎行太郎』(月500円)でお読みください。登録はコチラから→http://www.mag2.com/m/0001151310.html