文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

小林秀雄とマルクス(3)。 小林秀雄が、文壇や論壇にデビューした昭和4年当時 、マルクスやマルクス主義に関して、かなり深い知識と教養を有していたことは、今から考えると、明らかである。小林秀雄のマルクス理解は、かなり底が深い。「搾取」とか「剰余価値」、「唯物史観」・・・というような表層的な理解ではなく 、『様々なる意匠』を見ても分かるように、「価値論」や「商品論」とかいうような、『資本論 』の冒頭にある、もっとも難解な、もっとも原理論的な部分への理解である。

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小林秀雄マルクス(3)。

小林秀雄が、文壇や論壇にデビューした昭和4年当時 、マルクスマルクス主義に関して、かなり深い知識と教養を有していたことは、今から考えると、明らかである。小林秀雄マルクス理解は、かなり底が深い。「搾取」とか「剰余価値」、「唯物史観」・・・というような表層的な理解ではなく 、『様々なる意匠』を見ても分かるように、「価値論」や「商品論」とかいうような、『資本論 』の冒頭にある、もっとも難解な、もっとも原理論的な部分への理解である。しかし、当時のマルクス主義者を中心に、多くの左翼系の知識人や文化人・・・が、一介の「文芸評論家」にすぎない小林秀雄が、マルクスマルクス主義について、それほど深い理解wが出来ていたはずはない、おそらくほとんど何も知らず、無知蒙昧な議論をしているだけだと、傲慢にも「誤解」し、「錯覚」していただろうことも、明らかである。実は、小林秀雄の「マルクスの読み方」とマルクス主義者たちの「マルクスの読み方」とは、次元が違っていた。小林秀雄が、真剣に、マルクスの哲学や『資本論 』に、立ち向かっていたにもかかわらず、いわゆる「マルクス主義者」たちは、小林秀雄の真剣なマルクス読解を理解しようとしなかった。ほとんど無視、嘲笑していたと言っていい。次の文章は、マルクスの言葉を引用した小林秀雄の文章だ。

《「対象的真理が人間的思惟に到来するか否かという問題は、なんら理論の問題ではなく、かえって一つの実践的問題である。実践において人間は真理を、即ち、自己の思惟の現実性と力、その此岸性を、証明せねばならぬ。思惟ーー実践から遊離されている思惟ーー現実的であるかそれとも非現実的であるかについての論争は、全くスコラ的な問題である。」
これは、マルクスの「フォイェルバッハに関するテエゼ」の中の有名な言葉です。対象的真理が人間思惟に到来するか否かという問題は、一般の人々、あるいは真の芸術家にとっては、問題になりません。一般人は、極く自然に、芸術家は意識して、人間思惟という特定活動を頭から認めておりません。》(小林秀雄「文芸批評の科学性に関する論争」)
ここで、マルクスが言っていることと、小林秀雄がそれを解説していることとは、何か。「実践から遊離されている思惟」への批判である。つまり、観念論的思考への批判である。小林秀雄は、「一般の人々」は、マルクスの言っていることを、「無意識のうちに」理解していると言っている。「一般の人々」は、「唯物論とは何か」を知らないかもしれないし、あるいは考えもしないかもしれないが、無意識のうちに、唯物論的に生きているということだ。ここが、小林秀雄と「マルクス主義者たち」と違うところである。小林秀雄マルクスの言葉を、自分の言葉で表現出来ている。つまり、小林秀雄は、マルクスの思想を、正確に理解出来ているということだ。
『様々なる意匠』では、こういうことも
言っている。

《 凡そあらゆる観念学は人間の意識に決して基礎を置くものではない。マルクスが言ったように、「意識とは意識された存在以外の何物でもあり得ない」のである。或る人の観念学は常にその人の全存在にかかっている。その人の宿命にかかっている。》(『様々なる意匠』)

「意識とは意識された存在以外の何物でもあり得ない」とは、マルクスの『ドイツ・イデオロギー 』の言葉である。このマルクスの有名な言葉を、小林秀雄は、盲目的に否定するのではなく、さりげなく引用し、しかも、大胆に自分の言葉で、言い換えて いる。しかもここには、「マルクス主義者たち」の観念論的思考への批判が込められている。つまり、小林秀雄は、マルクスの言葉と論理を使って、「マルクス主義者たち」の「観念論的思考」を批判しているのだ。
弁証法唯物論とは今日猫も杓子も口にするところである。何故に猫も杓子も口にするのか。はやりだから だ。口にするのは易いからだ。とは言うも愚かな事であるが、またこの言葉が、いかにも屈伸自在な言葉であるがためだ。》








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