文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

昨日は、小さい頃、よく「山遊び」や「川遊び」に行った「イセッガタイ」( 伊勢ケ谷?)という場所に、隣に住む幼友達・・・(日立製作所勤務、定年退職後帰郷)に案内されて、行ってきた。私は、子供の頃、「木を植える少年」だった。父や兄たちとともに植えた「飫肥杉」の成長ぶりが見てみたかったのだ。 しかし、最終目的地までは行けなかった。

・・・・にほんブログ村 政治ブログへ・・

昨日は、小さい頃、よく「山遊び」や「川遊び」に行った「イセッガタイ」( 伊勢ケ谷?)という場所に、隣に住む幼友達・・・(日立製作所勤務、定年退職後帰郷)に案内されて、行ってきた。私は、子供の頃、「木を植える少年」だった。父や兄たちとともに植えた「飫肥杉」の成長ぶりが見てみたかったのだ。 しかし、最終目的地までは行けなかった。道は、まだ昔のまま残っていたが、雑草や雑木などに道をはばまれ、引き返すしかなかった。山林や田畑などは、人の出入りがなくなると、すぐに自然の原生林に帰るらしい。毒蛇山荘から川をはさんで、隔てているだけで、国道もすぐ近くを走っており 、距離的にもそんなに遠い山奥という訳ではないのだが、そこですら、人間を拒絶しているようだった。もっと深い山の方は、どうなっているのだろうか。山の斜面いっぱいに植えた飫肥杉は、巨木に育っているのだろうか。あまり巨木になると、買う人もいな いらしいから、寿命が尽きて立ち枯れになるのを待つしかないのだろうか。考えただけで恐ろしくなる。人間が開拓し、開墾した山林や田畑だろうが、人間がいなくなることによって、その人間が人工的に作り上げた山林や田畑も、自然に帰るだけのことかもしれない。この「イセッガタイ」という場所は、私の場合、戦争と繋がっている。ここは、若い息子や夫たちを戦場に送り出した後 、銃後を護る女や子供たち、あるいはジーサン、バーサンたちが、戦火を逃れて、避難した場所だった。もちろん、私は、まだ生まれてもいなかった。だから、体験として知っているわけではない。亡き母から聞かされた話だ。私が、ヒロシマナガサキの原爆の話や、東京大空襲の話に、いつも、強い違和感を感じるのは、我が家の戦争体験は、名もなき山奥の、この小さな谷間「イセッガタイ」にあるからだ。ここにしか、我が家の戦争体験はないからだ。テレビや新聞が騒ぎ立てるヒロシマナガサキの原爆、あるいは東京大空襲の被害者たちも大変だったのだろうが、私にとっては、あくまでも、それらは、「他人の物語」である。「私の物語」は、ここにある。ここにしかない。

f:id:yamazakikotaro:20190819211759j:plain