文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

「焚き火」をしながら、『 吉本隆明 /江藤淳全対話』を読む(4)。 今日は、朝から、落ち葉や枯れ枝を集めて焚き火をしている。そろそろ、私の「夏季休暇」も終わりだ 。我が「毒蛇山荘」ともお別れが近づいて来た。というわけで、最後の庭掃除で、大々的な焚き火となった。といっても、九月には、「鹿児島大講演会(岩田温講演会)」があり、また戻らなければならないのだが、とにかく大掃除と焚き火を・・・。ところで、昨日の続きだが、世の中には、「江藤淳嫌い」が、大量に存在する。私は、これまで、「江藤淳が好きだ」とか「江藤淳か

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「焚き火」をしながら、『 吉本隆明 /江藤淳全対話』を読む(4)。

■今日は、朝から、落ち葉や枯れ枝を集めて焚き火をしている。そろそろ、私の「夏季休暇」も終わりだ 。我が「毒蛇山荘」ともお別れが近づいて来た。というわけで、最後の庭掃除で、大々的な焚き火となった。といっても、九月には、「鹿児島大講演会(岩田温講演会)」があり、また戻らなければならないのだが、とにかく大掃除と焚き火を・・・。
■ところで、昨日の『 吉本隆明 /江藤淳全対話』論の続きだが、世の中には、「江藤淳嫌い」が、大量に存在する。私は、これまで、「江藤淳が好きだ」とか「江藤淳から大きな影響を受けた」と公言する人には、ただ一人の例外を除いて会ったことがない。その、ただ一人の例外が、早稲田大学政経学部の学生だった「岩田温」である。岩田温以外で、江藤淳が好きだという人に、私は会ったことがない。だから、私は、江藤淳について、他人とあまり話をしないことにしている。「江藤淳」の名前を出すだけで、気まずい雰囲気になるし、無理して江藤淳について熱く語っても、無駄だからだ。逆に「江藤淳が好きだ」という人に会うと、「ひょっとしたら、この人、才能があるんじゃないかしら・・・」と思ってしまう。言い換えると、江藤淳は、多くの人に嫌われているというところに、江藤淳の批評家、思想家としての「凄さ」と「恐ろしさ」があると私は思っている。
江藤淳には、「凡庸な凡人」(笑)たちに、「嫌悪感」をもよおさせるような「何か」がある。逆に、江藤淳の「凄さ」と「恐ろしさ」が分かるということは、吉本隆明柄谷行人を持ち出すまでもなく、その人自身が「何者か」であることを示している。かっては小林秀雄がそうだった。今でも、「小林秀雄」が好きだと公言する人はあまりいない。さすがに、「小林秀雄」が嫌いだと公言する人は少なくなったが、それでもいないわけではない。「江藤淳の嫌われ方」と「小林秀雄の嫌われ方」はよく似ている。その意味で言うと、吉本隆明は、あまり嫌われていない。吉本隆明が嫌いだと公言する人はいないわけではないが、極めて少ない。私は、これは、「吉本隆明の弱点」(笑)だと思っている。吉本隆明は、俗に言うところの「いい人」なのだ。少なくとも、江藤淳は、大衆受けするような「いい人」ではない。
■しかし、私は、「江藤淳嫌い」の人を見ると、気の毒になる。批評家、あるいは思想家としての江藤淳の「凄さ」も「恐ろしさ」もわからないのか、と。それは、「文学」や「思想」が分からないということではないのか、と。言い換えると、お前には、才能がないということではないのか、と。私は、『江藤淳大江健三郎 』で、江藤淳をボロクソに批判・罵倒した小谷野敦のような人を見ると、「ああ、東大大学院博士課程修了の博士でも、才能がないんだな ・・・」と思ってしまう。内田樹東浩紀も、小谷野敦と同類だろう。
江藤淳吉本隆明も「東大卒」ではない。今や、「学歴ロンダリング」の巣窟となっている「東大大学院」出身でもない。この事実は意外に重要である。『 吉本隆明 /江藤淳全対話』で、二人が、「東大出身」の文芸評論家・蓮實重彦柄谷行人を厳しく批判している箇所がある。「知的過ぎる」「知性だけで批評は出来ない」・・・と批判した。江藤淳=吉本隆明世代に続く 、次の時代の知的スターとして台頭しつつあった二人を、批判している。私は、この批判は当たっていたと思う。蓮實重彦柄谷行人はともかくとして、彼等に影響を受けた世代であろうと思われる内田樹東浩紀小谷野敦・・・等を、さらには呉座勇一や与那覇潤 ・・・等を見ていると、江藤淳吉本隆明の批判は、ピタリと当たっていることが分かる。いずれも、「頭でっかちの青二才」ばかりだ。
■東大卒で博士号取得者が、文壇 、論壇 、ジャーナリズムにあふれかえっているのが 、ネット右翼ネット左翼の時代と呼ばれる現代である。言い換えれば、東大卒の博士号取得者たちは、学歴や経歴は立派だが、思想的レベルは、ネット右翼ネット左翼と同等か、それ以下だということである。江藤淳吉本隆明が、『 吉本隆明 /江藤淳全対話』で予言した通りだろう。
■先頃、「あいちトリエンナーレ2019『表現の不自由展・その後』」事件というものがあった。私は、事件そのものにはまったく興味ないが、主催側の助言者(?)に、つまり津田大介の補佐役(?)に、東浩紀がいたことに興味を持った。東浩紀は、どう対応するのか。闘うのか、逃げるのか。承知のように 、事件が拡大してくると、東浩紀は、責任を津田大介に押し付けて、逃げた。えっ。そこで逃げて、どうすんのよ。ここがロドスだろう。ここで闘えよ。しかし、これが、江藤淳吉本隆明が、『 吉本隆明 /江藤淳全対話』で批判した「知性だけでは批評家は勤まらない」、「頭でっかちの青二才」の見本である。与那覇潤とかいう「東大バカセ」(笑)が、先頃、行われた「江藤淳シンポジウム(於・専修大学)」で、「江藤淳には『東大コンプレックス 』があったのでは?」と発言したらしい。言うことに事欠いて、よく言うよ。与那覇潤よ、お前らには「才能」がない。「才能コンプレックス」はあるようだが・・・。
(続く)