文芸評論家=山崎行太郎のブログ『毒蛇山荘日記』

文芸評論家。哲学者。慶應義塾大学大学院(哲学)修了。東工大、埼玉大学教員を経て現職。著書=『小林秀雄とベルグソン』『小説三島由紀夫事件』『保守論壇亡国論』『ネット右翼亡国論 』『曽野綾子大批判 』『エセ保守が日本を滅ぼす 』『最高裁の罠 』など。『マルクスとエンゲルス』を「月刊日本」に連載中。近刊予定に『小説・南洲伝』『 小林秀雄とマルクス』『毒蛇山荘日記(1 ) 』など。

『 南洲伝 』補遺(3)ー西郷と大久保の戦争ー「西南戦争」はまだ終わっていない。ー福澤諭吉、中江兆民、内村鑑三の西郷論。

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『 南洲伝 』補遺(3)ー西郷と大久保の戦争ー「西南戦争」はまだ終わっていない。

西郷南洲に好意的な関心を寄せるのが、近代日本の最高の知性派に属すると思われる思想家や宗教家だということは、いったい、何を意味するのだろうか。福澤諭吉中江兆民内村鑑三・・・。それに対して、西郷南洲を、小説や物語に描こうとする通俗的歴史小説家たちが、その事実に無関心であり、「西郷の思想や哲学」の側面を、ほぼ全面的に無視するのは何故だろうか。たとえば、司馬遼太郎は、西郷南洲を、「でくの坊だった」と呼び、西郷南洲の思想や哲学」というものを 無視、黙殺している。
〓〓〓〓〓〓以下引用〓〓〓〓〓〓
《 学問についても、少年時代に何の逸話もない。かれほど少年時代の逸話のすくない人もまれだが、ともかくも学問ができたとうことは、なかったらしい。入念に学問をした気配もない。この学問軽視は、薩摩藩一般の風であったから、そのことに劣等感を覚えることも、西郷はなかった。・・・》(司馬遼太郎「南方古俗と西郷の乱」)
〓〓〓〓〓〓引用終り〓〓〓〓〓〓

確かに、司馬遼太郎が考えているような意味での学問は、西郷南洲にはなかったかもしれない。しかし、司馬遼太郎の言うことが、全面的に正しいとも思えない。それでは、何故、福澤諭吉中江兆民内村鑑三のような、近代日本を代表するような一流の思想家や宗教家等が、揃いも揃って、西郷南洲を「絶賛」し、「敬愛」し、「畏怖」するのかが分からない。私は、残念ながら、司馬遼太郎のような通俗的な大衆作家には、「西郷の学問」は理解できなかったのだと思う。西郷の学問や思想は、机上空論的なものではなかった。「物知り」や「知ったぶり」的な学問や思想ではなかった。
内村鑑三の西郷論は、司馬遼太郎の西郷論の対極にある。内村鑑三は、『 代表的日本人』で、こう書いている。

〓〓〓〓〓〓以下引用〓〓〓〓〓〓
《(西郷南洲は) 若いころから王陽明の書物には興味をひかれました。陽明学は、中国思想のなかでは、同じアジアに起源を有するもっとも聖なる宗教と、きわめて似たところがあります。それは、崇高な良心を教え、恵み深くありながら、きびしい「天」の法を説く点です。わが主人公の、のちに書かれた文章には、その影響がいちじるしく反映しています。西郷の文章にみられるキリスト教的な感情は、すべて、その偉大な中国人の抱いていた 、単純な思想の証明であります。あわせて、それをことごとく摂取して、あの実践的な性格を作りあげた西郷の偉大さをも、物語っているのであります。》
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西郷の学問は、内村鑑三が言うように、知識や理論を「摂取」しただけではなく、それを「実践」したものだった。

(写真は、西郷隆盛本家五代目当主・西郷隆太郎氏夫妻と、新橋の某所で、芋焼酎を呑みながら、歓談した時のもの)